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花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【36】『錦繍』宮本 輝著 その1

宮本  さま

 

連載を抱えておられ、取材や雑誌にも答えられる毎日を想像致しますと、本当にタフでおられますね。新刊『草花たちの静かな誓い』発売おめでとうございます。カバーを外すと青空の色愉しんで読ませて頂いています。多くの人が読んで下さるようにお祈り致しております。

今日は『錦繍』を読みましたのでお便り致します。この作品については数通の手紙を差し上げたいと思っております。1通目は申し訳ありませんが感情だけで書こうと思っております。一気に読んだせいもあろうと思います。どうかお許し下さいませ。 

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お借りしました写真は、敢えて 散ってしまった落ち葉の『錦繍』に致しました。この本を手にしてから、もう何回くらい読んだことでしょう。その度に思いましたことは、『錦繍が貴方の代表作のひとつであり、これを読めば「私は宮本 輝さんを読んだ」と人に告げても良いように思う位の作品だろうと感じております。ついでに書きますと、ドフトエフスキーの書簡小説「貧しき人々」より、ずっと感動が深いと申し上げさせて下さいませ。一言一句の無駄の無さや、研ぎ澄まされても、ひとつも角のない言葉で表された心の移り変わりを、ただ全身で受け止めながら最後まで寸秒も 離されることはありませんでした。身体が火照るくらいの感動を読む度に感じております。  それでも、敢えて今回は今までとは見方を変えて読み終わった瞬間の気持ちのままに書いてみようと思います。

 

この書簡の登場人物について。(有馬 靖明 )

貴方の他の作品は、登場人物の全員と言っても良い程、直ぐそばにいる実在の人物のように、誰一人として決して憎めなかったと思います。道徳的でないことをした人も、犯 罪を犯した人であろうとも、どういう訳かその人に惹き寄せられながら読んでいたと思うのです。ですが、今回、私は穿った嫌な女の視点からこの作品について書かずにいられなくなりました。 

『有馬 靖明』は、両親を早くに失くし、養子に出され、気の毒な運命にありました。けれども思春期から周りに溶け込もうとはせず、寂しい『舞鶴』に現れた美しい少女に烈しい恋情を抱きます。妖しいまでに魅力的な『瀬尾 由加子』の容姿に、惹かれ続けるのです。     その後、大阪へ帰り、恋と呼んでいい時期を経て、可愛い妻を得た後でさえ、最初は下心がないような事を言いながら『瀬尾由加子』の勤めるデパートに、やはり行くのです。更に、職場を変えて水商売の世界に身を沈めた彼女を、仕事の接待を言い訳に追い続けます。そして肉体関係の果てに心中事件となるのです。    しかも、あろうことか、書簡を通して元妻の『亜紀』に赤裸々にその事を伝えています。なんて残酷な、なんて女心を踏みつけるような言葉を臆面もなく正直すぎる細やかさで書き続けたのでしょう。   

女は嫉妬心でできています。ここに書かれていますように、嫉妬心のない女などいないといってもよい位です。過去の行動は兎に角としても、自分をまだ愛していることがわかっている『亜紀』に『瀬尾由加子』に惹かれた理由が、紛れも無い男の本能による愛情であっただろうなどと…どうして打ち明けられるのでしょう。  その手紙を読みながら『亜紀』がどれほど苦しんだか、私も女だからわかります。その上、自分が『亜紀』と離婚した後も、数人の女を渡り歩き 食べさせてもらいます。そんな境遇から救ってくれた『令子』にさえ、大した器量では無いことを理由に『お前なんか嫌いだ』とまで言うのです。たとえ本心でなかろうとひどいです。こんな『靖明』に身体が火照るくらいの感情が込み上げて来ました。考えてみますと『有馬 靖明』は男そのものなのでしょう。それなのに、ここに書かれていますように、どういう訳か彼は『人に好かれる人』なのです。努力して人との繋がりを求めなくても良い人だったのです。『亜紀』は自分は愛されていたと…どんなに信じたかったことでしょう。 

意地悪な見方で『靖明』について書いた訳は、宮本輝さんは、30歳を少し出た若さで、この作品を書かれたことにただ驚くばかりだからです。自分の性ではない、女の微細な襞に隠された心の綾までも、知り尽くされていたからこそ、こんなに読み手を刺激し続ける作品を書かれたのです。男の持つ本能的な愛や、止めることのできない感情の昂りによる行為に、やはり女としてはうなだれざるを得ませんでした。

その点、ここに登場する何気ない人々…お手伝いの『育子』さん、運転手の『小堺』さん、友人の『大熊』さん、印刷屋の『田中』さん、…この人達は何て心が広くて、柔らかで穏やかなのでしょう。とても救われました。この人達がいなければ余りの感情の熱に、心が爛れてしまったかもしれません。本当に男って…

 

なんだか感情的に女の目で書いてしまい、貴方には不愉快なお手紙になってしまったかもしれません。でもどのような感情であろうと、ここまで文学が私の心を熱くしたと言う事をお伝えしたかったのです。お許しくださいますように。また続いて『錦繍』についてのお便りをさせて頂いてもよろしいでしょうか。温かくしておやすみくださいませ。どうかごきげんよう

 

                                                                          清月   蓮

 

 

錦繍 (新潮文庫)

錦繍 (新潮文庫)

 

 

 

【35】『昆明・円通寺街』宮本 輝 著   『 五千回の生死』に収録

宮本 輝さま

 

お元気でおられることと思います。『五千回の生死』の最後の1篇になりました。この編集にも意味があるのでしょう。読み終わって、心が落ち着き、静かになったように感じました。今日は『昆明円通寺街』についてお便り致します。 

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最後の一篇にはこの写真が相応しいと思い お借り致しました。季節の黄昏を語るような色づいた木々の下に、清らかな流れが見えます。水の流れは、山の奥深くで湧き出し、砂や土の濾過を受けながら清らかな水となって流れています。いつか海へゆく道の途中で、色々なことに出会い、時には汚れるとも流れることをやめないそんな事を感じさせてくれる1枚です。

 

『私』は、40代になり『中国昆陽』に旅をして『円通寺街』を歩きながら、幼い頃育った尼崎駅裏の『おかめ通り』を思い浮かべています。そこで体験した友人『石野』との不思議な出来事を思いながら、彼が今『骨髄症白血病で余命宣告されていることが胸に迫ります。最後の別れの手紙を書こうと『円通寺街』を歩き廻りますが、最後まで書くことができません。彼はきっと、もう死んでしまったかもしれないそんな思いが胸に迫ってきます

 

『石野』が幼い頃の『言語障害』を克服して、これから父の『印刷工場』の営業をやるんだと、嬉しそうに『私』を訪ねてきたある夜の事です。これからバイクで阪神高速を走ろうと誘われます。その途中で、疾走していたバイクがパンクしたのですが、走っている時ではなく、ひと休みしていた時にそれは起こりました。もし走っている時だったら、確実に2人は死んでいたでしょう。同時に死を目前に見たのです。言葉では表せない命で受けた強い衝撃は、それを共に体験した人間には、相手の命の終わりをはっきりと観じ取れたのでしょう。

 

このお話の最初に、鶏をいとも機械的な動きで、次々殺して行く男の場面が描かれています。しかも結構 行数もあります。何故でしょうか。直接関わりのない場面のように感じるからです。中国に拘わらず、東南アジアでは、つい10数年前まで、市場の近くでこのような光景を目に致しました。日本でも自宅で鶏を飼い、卵を産ませたりその肉を食べたりしていた時代があります。そこに横たわる生と死それを読み手の心に漂わせる為の前文でした。心がこの場面の描写で一旦、キュっと縮み上がるんです。その緊張感が、読み進めてゆくと徐々に解けてゆき読み終わると、心が静かに整えられたように感じたのです。

「生と死」を受け入れることは苦しい、心が締め付けられるようなもがきを連れて来ます。命あるものはいつか死によってその生を閉じます。『私』は『友の死』を受け容れながらも、それでもやるせなさと悲しみに包まれ、書きかけの手紙を『うずらの死骸』のそばに捨てたのです。命はまた巡り来て、いつかその人と会えると言う貴方の哲理が思い出されます。そしてとても静粛な気持ちになれました。

 

冬の夜空が透明に輝いています。暫く見ていますと、遠い宇宙の中に自分の生と死を確かに見守ってくれている広い世界があることを想像します。今夜の星々の瞬きは本当に美しいです。お身体を大切になさって下さいませ。どうかごきげんよう

 

                                                                            清月  

【34】『紫頭巾』 宮本 輝 著 『五千回の生死』に収録

宮本 輝さま

 

初冬の空気は澄み切っています。ここから叫べば、お住いの伊丹市まで届きそうに感じる程です。長編『流転の海』は、いよいよ最終編の連載が進み、お忙しい毎日をお送りになっておられる事でしょう。とても楽しみにしております。今日は『紫頭巾』を読みましたのでお便り致します。 

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 この短編の最初の描写。『園子』の死体が発見された場面です。

『ドブが薄く凍り、そこに映る月光の縁が、油膜の虹色と重なっている。園子の右手の指先は、氷を破ってドブにつかっているのだが、私たちは、それがときおり動くような気さえした。    残酷で恐ろしい場面に現れた なんと美しい描写でしょう! 細い『園子』の指先が、月の光に照らし出されて流れる水に微かに揺れているさまが、こんな短い文章で描かれています。写真はそのイメージでお借り致しました。

 

戦後の日本各地の混乱は、他人の生活など目に入る余裕はなく、自分の生活を守るだけの生きる戦いであったろうと思います。ここに書かれている『猿公』『園子』『萑・金・尹・呉 一家』『武本一家』『安っちゃん』『李じいさん』『金のおばば』これらの人々は、戦前に強制的に日本に連れてこられたか、もしくは日本になんらかの理由で逃げて来た北朝鮮の人達です。ここに書かれている全ての事を、この時代に殆どの日本人はまだ知らなかったのです。永遠と思われる別れや死人まで出て、こんなにも運命を変えてしまうような決断があったというのに。

『猿公』と『 私』は、同じクラスの友達でしたが、子供にとって突然過ぎる別れが来ます。『猿公』は、姉と一緒に日本を離れて祖国に帰る事になったのです。『私』の両親が言います。『お好み焼、焼いたろか。もう、いやっちゅうほど食べて行き』   どんなに嬉しく悲しい味がしたのでしょう。

その時『猿公』の胸に浮かんだのは、自分を信じてるくれる友達がいることを確信したかった。   だから、自分の知っていることを打ち明けて、秘密の共有を持つことで、親頼感が何よりも欲しかったのでしょう。『園子』は『紫頭巾』で、大阪の駅裏で占いをしていたのだと、秘密めかして話したのです。『猿公』の言っていた事は本当でした。学校の『花壇とゴミ箱の間』に『猿公』の埋めた『紫頭巾』はありました。  

それからもう何十年も経ちました。

あの頃の、右翼と朝鮮総連。機動隊。差別してこの人達に石礫を投げ続けた日本人。何も知らない無知による誹謗と拒否。北と南の争いもううんざりします。

友達と別れて日本を去った『猿公』のことを思い出してください。彼を送りに来たプラットホームで、伸び上がって『猿公』を探した『私』を忘れないでください。列車の揺れに、小さな脚で踏ん張っていただろう『猿公』の最後の敬礼に、強くこめられた思いを胸にしまっておいてください。

 

戦後70年が経っても、未だ世界に戦争は無くならず、民族同士、異教徒同士の戦いは止まらず、『猿公』が訳も解らず帰って行った北の祖国は、決して幸せな国ではありません。日本の中でも差別が消えてしまった訳ではありません。人間の中には優しい心が必ず全ての人にあるにも拘らず、どうして解け合えないのでしょう。「多様性」という言葉があります。「寛容性」という言葉もあります。それに本当に気付くことが出来るのに、こんなに長い年月がかかるものなのでしょうか。

貴方の作品を多くの人に読んで頂ければいいのにと思います。

 

久し振りの小春日和が、少し元気をくれます。世界中がどんなに騒がしくとも、身近に死人が出ようとも、今しなければいけない事をするしか方法がありません。貴方がそうしておられるように。またお便り致します。どうかごきげんよう

 

                                                                            清月  

 

 

 

五千回の生死 (新潮文庫)

五千回の生死 (新潮文庫)

 

 

【33】『バケツの底』 宮本 輝 著   『五千回の生死』に収録  

宮本  輝さま

 お元気でおられますか?  毎日膨大な文字を追っておられますと、目の芯に負担がかかります。時々遠くを見てくださいますように。今日は『バケツの底』を読みましたので、お便り致します。 

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お借りしました写真の川は ある時は分かれ、ある時は元の流れと重なります。滞る事なく清らかに流れ続けているのを見ていますと、本当に美しいと思います。人はどうして弱い人を弾いたり、自分と違う考えの人を蹴散らしたり、困っている人を見ないふりをするのでしょう。 いつも一緒にいることは不可能ですが、せめて目の前に困っている人がいたら迷わず、一緒に流れているこの川のようでありたいと思いす。

 『徳田』は 烈しい雨のぬかるみで起きた人身事故を、自分の怠慢が原因なのに、部下の『倉持』に罰を与えることで、上手くごまかそうとします。  『修行や修行。俺も入社した年は、もっときつい仕事をさせられたもんや』そう怒鳴るのです。誰も何も言いません。誰も手伝おうとしません。その罰は、482個のコンクリートパイルの穴に『バケツの底』を 針金でくくりつける事でした。  気弱そうであどけない顔の『倉持』は 烈しい雨の中、巨大な水溜りの中を這うように作業をしています。 

『頭を 頭を使いなはれ』『樋口』が働く金物店主『間垣』の言葉です。学歴コンプレックをもっているのに他人をバカにせずにはいられない。そして、安く仕入れた『バケツの底』を、いかにも自分が損をして用意したかのようにみせかけろと『樋口』に強要します。吝嗇家で、そうしなければ損のように、毎夜妻の体に迫るこの男は、周りに嫌味を撒き散らし『樋口』の大卒の肩書きを利用することしか考えていません。 

『徳田』と『間垣』の 生き様は『樋口』に不思議な勇気と反抗心を生み出します。また『樋口』は自身の『不安症』との闘いに挑むかのように、烈しく降る雨と強烈な風の吹く夜の闇の中に走り出てゆきます。気の遠くなるような『倉持』の作業を手伝うために。雨に弾かれた泥のしぶきが顔を叩き、鉄錆の混じった泥の匂いが鼻をつきます。田植えのように這いつくばったままの作業は、容赦なく腰を痛めつけ、ふと気づくと、大きな水たまりは、まるで『バケツの底』のようでした。

作業中、四方のサーチライトを目が痛くなるまで睨みつけた『樋口』の胸には、自分に向かってくる苦しみに立ち向かおうとする意思が蘇ります。このサーチライトの何気ない描写は、見逃せない彼の心の決意を物語っている気がします。きっと、自分の四方から迫って来る幾多の苦難から自分は逃げまい。そう考えて光の方へ顔を向けて睨みつづけるのです。その決意がやがて、サーチライトの光を希望の光に変えてゆきます。新たな仕事に就いた自分に、少し安心している妻。誰よりも『樋口』の『不安症』の回復を願っている妻。そんな妻へ早く届けてやりたい光なのです。

コンクリートパイルからはい上がってくる腐肉のような臭いにおい。それは『間垣』と『徳田』の醜い心の腐った臭いです。それにしっかり蓋をして来たと。泥まみれになり何時間もかけて 『バケツの底』を修理して来たと。今夜は妻に話してやります。きっと、とても歓んでくれるでしょう。    人が自分に寄り添ってくれることでも、自分が人に寄り添ってあげることでも、人は新たな力を蘇らせる事ができるのです。これはそんなお話のように感じました。

 

近頃、季節のせいでしょうか、体調は変わらなくても何だか心がエネルギーを失くしているように感じます。『虚無』を憎む…と仰っていた貴方の言葉を噛みしめて、なんとか過ごしております。貴方には、どうかご闊達でおられますように。それではごきげんよう

 

                                                                          清月  蓮

 

 

五千回の生死 (新潮文庫)

五千回の生死 (新潮文庫)

 

 

 

【32】『復讐』 宮本 輝 著  『五千回の生死に収録

宮本  輝さま

 

朝早く目覚めて、ベットで本を読んでいますと寒くて中々抜け出せなくなりました。お風邪など召されませんようにお祈り致しております。今日は『復讐』を読みましたのでお便り致します。 

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 いつも楽しく笑い声が絶えず、真剣な探究心に溢れ、友情の輪に誰も取り残されないで、好きなことを思い切り出来るそんな学校であってほしい希望や願いをもしも叶えられたら、生徒たちはこの写真のような笑顔になるだろうと感じましたので、お借り致しました。

 

1980年代に学校は荒れに荒れました。生徒は学校を憎み窓ガラスを割り、卒業式で教師に仕返しをする事件が全国に飛び火します。 これはそんな時代のお話です。学校は生徒の為にあるのではなく、体面や勝手な都合で容赦なく生徒が切り捨てられていました。そこには、権力を振りかざし、自分の不満と快楽のはけ口を生徒に向ける教師がいました。この中の『神坂』がそうです。

 

『光岡』と『津川』は、思春期の男の子なら、誰でも興味をもつタバコとポルノ写真を持っていただけで、3時間近くも正座させられ、最後に横面を張り飛ばされ、担任にもしつこく叱責され、結局は放校になってしまいます。もし、自分のことか家族の誰かと考えると『復讐』したくもなります。

『あいつはヤクザや。 学校の教師なんかと違う。俺はあいつを殺すぞ』    

『津川』の叫びは、数年後に果たされます。ヤクザの『光岡』の闇の力によって。  『神坂』は、巧妙に仕組まれた『光岡』の罠にまんまと引っかかるのです。『雀荘のテレビ』の字幕テロップに流れた『神坂』の強姦の醜態。彼は社会から抹殺され、一生陽の当たる場所には戻れません。これくらい当然でしょう。でも怖いのはその後です。

毎週土曜日の放課後、放校されずに残った『長井』に向けられたしつこい虐待。衣類を脱がされ、腕立て伏せをさせられていた彼の心に、何故あんな妄想じみた思いが浮かんだのでしょう。

それは、原因と明らかな結果 なのです。このような思春期の深い心の傷は、長い人生の重要な部分が破壊される原因となり得るのです。まだ大人になり切らない時期に受けた残虐な仕打ちや屈辱は、人間の根底の性の形をも変えてしまいます。それは、この『復讐』に利用された『女子高生』も同じです。

『可哀想に。また私みたいな女が出来るわ』お金のために男に抱かれる女です。性をお金で売る女です。  思春期に誰かに守られたり、心ある人に出会わずに迷路に迷い込むと、人間の心と体を造る幾万の要素は、そこに受けた衝撃によって、卑劣で卑猥にもなるのです。

現在の日本の学校では、いじめが蔓延していて、それを苦に自殺する生徒が後を絶たず、そのニュースが報じられても、また次の犠牲者が出ます。探究心も持てず、学ぶ喜びを見出す暇さえない生徒が闇に葬られています。   人より良い成績を取らなければ落ちこぼれ、毎日夜遅くまで塾に行かなければ、競争には勝てない。そのストレスは仲間を無視したり、金品を要求したり、暴力を振るい続けたりしてしか癒されないのです。  人の心に、清らかな水と暖かな太陽と輝く星々と優しい月の光が注がれるような、人間の基礎を作り得る学校のあり方が、無い筈はありません。国の宝である若者を、こんな環境においておくのは全ての大人の怠慢です。日本の人々の心に諦めと自分さえ良ければ目を瞑る利己主義を打ち砕かなければ、この国は確実に難破して、全員がどん底を見ることになります。

 

陽の光があるうちは春のように暖かいのですが、少し雲に隠れますと、急に気温が落ちて肌寒くなります。空気が澄んでいて、家のそばの林の紅葉が透けて見えます。貴方の作品が幾千年もずっと読み継がれてゆくことを、いつもお祈りしております。またお便り致します。どうかごきげんよう

 

                                                                               清月  

 

 

五千回の生死 (新潮文庫)

五千回の生死 (新潮文庫)

 

 

【31】『アルコール兄弟』 宮本 輝著  『五千回の生死』に収録

宮本 輝さま

 

お元気のことと思います。抜けるような秋の空を見ていますと、時間が止まってしまったようです。これまでに出会ったやさしい人達の顔が 澄み渡った青空に浮かびます。今日は『アルコール兄弟』を読みましたのでお便り致します。 

 

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お借り致しましたこの写真は、池の底に辛かった過去の悔しさや寂しさを全て沈めて、静かな心を取り戻した 今夜の『私』と『島田』のようです。相手を受け入れるやさしさを持つ事が出来れば、相手の立場を思いやる心があれば木々の姿をそのまま自分の心に映したような、こんな美しい風景に出会うことができるのにと思います。

スナックで10年ぶりに『私』と『島田』が飲んでいます。

会社での立場から『共産主義の組合』に入った『島田』には、入社以来 誰も近付くひとはいません。でも今日、彼はこんな事を言います。イデオロギーも、理論も、世界を平和にした試しはない。嫁と姑の問題さえ、解決できない。自分は共産主義など信じちゃいない。ただ母を守るために仕方がなかったのだ。》  そして『優しくなったらいいんだよ。優しく、優しく。人間がみんな、やさしーくなったら、それでいいんだよ。世の中の難しい問題なんて、みんな解決するぜ』

そうです。  ゆっくり考えると、あらゆる戦いも競争も、相手に優しくさえなれたら、全部解決してしまうのです。しかも、これ以外、他には解決の道はないのです。 しかし、現実に 2人は社会でどう生きているのでしょう。

信じた思想、主義、世間の評価や立場それらに依って選択せざるを得ない事柄に遭遇して、心にもない行動を取ることもあります。生きる為に働き、家族を守る為に働き、いつの間にか、毎日身体をすり減らし、働くために働いている。そんな日々が続いてゆきます。自己顕示欲を満たそうと、また社会の勝者になろうとして、鋭い頭脳で絶えず研鑽し続けています。 その結果、自分の信じた正義を貫こうとすると、相手を敵とみなす以外方法はありません。だから、突き進むのです。この中の『島田』のように。自分の輝かしい未来の為に相手をなぎ倒すのです。この中の『私』のように。   相手を油断させたり、策略に血迷ったりしながら…  では、『島田』の唱えた優しくなる方法はどこにあるのでしょう。その答えの入っている箱の鍵は、誰が持っているのでしょう。それは優しくされた人が知っています。優しくされた人は、人にも優しくできます。周りにやさしいひと吹きを毎日絶やすことなく吹きかけ続けている人達を、私は知っています。その人達の行進に、どうにかして付いてゆきたいと思います。私には『アルコール兄弟』はいなくても。

 

今日はとても静かで、空気が澄んでいるようです。時々野鳥の声がしたり、近所に来るお豆腐屋さんのラッパの音色が聞こえています。時々はこんな青空の元で、ラウンドをお楽しみ下さるといいのですが。友人が最近、サンディエゴのゴルフ場で、オバマ大統領がゴルフを楽しんでおられるのに出会い、写メールして来ました。いつか私も貴方がプレーされているところを拝見してみたいなと思います。またお便り致します。どうかごきげんよう

 

                                                                          清月  蓮 

 

 

 

五千回の生死 (新潮文庫)

五千回の生死 (新潮文庫)

 

 

【30】『五千回の生死』宮本輝著 『五千回の生死』に収録

宮本 輝さま

 

お元気でおられますか。夏に咲き誇っていたペチュニアもすっかり花を落としてしまいました。零れた種子がアスファルトの隙間から最後の一輪をのぞかせて秋の陽を浴びています。今日は『五千回の生死』を読みましたのでお便り致します。 

 

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この写真を見ると『五千回の生死』を思い浮かべます。夜に停められた自転車は不思議なもう一つの影を見せています。この影は短編の中に登場しますもう一人の「化身」のように感じましたので、お願いしてお借り致しました。

『複式夢幻能』     これは何のことでしょう。能の前編、後編と言うだけの意味ではなく、演技者とその化身、又は亡霊と解釈しました。本人の心から発したもう1人の人物は、自分の心の叫びかも知れず、また亡くなった『父親の声であったのかとも感じます。このお話は、もしかしたら『俺』はたった一人で、死に物狂いで家まで歩いて帰ったかもしれないそんな道すがら、零下の身も凍る夜だからこそ『俺』の中から飛び出した『亡霊』が、こんな風に現れたお話とも思います。それが『不思議な男』として描かれているとすれば…  この短編は、宮本輝さんの揺るぎない大切な哲理が書かれているのでしょう。大きな発見と過去の浅い思索が悔やまれたりも致します。

 

幽霊は、夏の登場と相場が決まっています。このお話は、底冷えのする寒い寒い冬の夜に起こりました。『俺』は父が残した『ダンヒルのオイルライター』を、持ち物には無頓着にみえた『父』の遺品の中にどうしてあったのかを考えています。男は「物 」それ自体に惚れ込んでしまいます。そのメカニズムや、作り手の意向がジンジン迫ってきて、どんなに自分に不相応でも手に入れたくなります。『俺の父』も、きっと一生に一度くらい、そんな事があったのでしょう。その『ライター』が『俺』を真冬の夜の不思議な出会いに連れてゆきます。

寒いなんてもんじゃない、今年一番の冷え込みの、凍てつく零下の深夜。朝から牛乳しか お腹に入っていないし、お金は1円もありません。もう考えられるのはあんなに欲しがっていた友人に『父のライター』を売ることぐらいです。それなのに友人は家族旅行中で留守でした。ポケットには帰りの電車賃もありません。朝までかかっても、歩いて帰るしか無いのです。そして『不思議な男』に出会います。自転車で、家まで送ってやろうと言うのです。   その道中

『うん、ものすごう嬉しい気分や。死んでも死んでも生まれて来るんや。それさえ知っとったら、この世の中、何にも怖いもんなんてあるかいな。乗れよ』       もう、どうにもこうにもならなくなり、考えて考えて、悩んで悩んで、身体中の力を全部出し切ってしまった時、人はそうしなかった人には信じられない事を体験します。今夜の『俺』のように。    自転車に乗せて『俺』を家まで送って行くと言った男。その男の背中に頬を擦り付けると、暖かい幸せな気持ちがしたのです。 坊主頭で眉毛ばかり目立つ『不思議な男』は、家まで送り届けてくれ、何事もなかったように 朝日を浴びて神々しい顔で去って行きました。そうです。亡くなった『父』が、寒さで死んでしまってもおかしくないこんな夜に、先に書いた『複式夢幻能』の『亡霊』となって、『俺』の前に現れたのでしょう。生き苦しむ『俺』のところへやって来て『俺』を護ってくれたのです。でも、価値のわかりそうもない息子から、あの『ダンヒルのライター』だけは、こんな風に持ち去りました。

 

秋の日暮れは釣瓶落としうかうかしていますと直ぐに暗闇が迫り、急いで戸締りを致します。貴方の家を初めて知った15年前、一度だけ、お部屋に灯りが灯るのを見届けて、安心して帰宅した事がありました。ますます筆が進まれますようお祈りしております。またお便り致します。どうかごきげんよう 

 

                                                                          清月  

 

 

 

五千回の生死 (新潮文庫)

五千回の生死 (新潮文庫)