花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【79-2】『流転の海』 全9巻 (その2)  {1~9巻のテーマ別  読後感を記載 }

宮本輝さま

 謹啓

長編の題名『流転の海』は、人生 山あり谷あり…の意味だけでなく、幾千年前から繰り返し繰り返された生と死の限りない変遷のように思います。 登場人物は、読み手を人生の『海』まで導く案内人。様々な人々が『熊吾』に関わり、頼りにし助けられて生き、ある者は離れてゆき、突然、病いや事故で死んでしまったりします。物語は手足をもぎ取られた『大阪の闇市』を舞台に始まります。幼い少年が『死んでしまった妹をいつまでもおぶった姿』で出てきます。駅には浮浪児があてもなく集まり、明日の命も知れぬまま夜を迎えていたのです。

『息子伸仁』が生まれたのが、この時期だったから、物語はここから始まったのだと、初めは思っていました。でも、この壮大な長編小説には、烈しい反戦歌が絶えず聴こえていたことに気づきます。惨たらしく、良いことなど一つもない戦争に対する憎しみ。戦争中に経験した悪夢は、戦後も長い間、兵士だった人間の心を蝕み続けます。戦争の悲惨すぎる『回想』が、漏れる事なく『9巻全て』に、盛り込まれているのです。しかも、予想に反せず、最後の『野の春』には現代に生きる私達が、とるべき方向にすら触れられているのを目にして、とても腑に落ちた気が致しました。今までの作品も、書かんとされた御本意は、必ず物語の中に巧みに練りこまれていました。読み手は自分の考えで読み解くしかなく、読んだ人が、それぞれに「父と子の物語」と読むのも「妻 房江の強さと愛情の物語」「庶民の生老病死の物語」と読むのも素敵です。 ですが、戦後の微かな気配を、幼少期に感じていた私には、それだけでは胸の奥に痛みが残ります。

私の中にあるのは、幼い頃…多分、幼稚園児くらいの時の記憶です。この物語から連想される光景が浮かんでくるのです。当時、阪急宝塚線蛍池駅の地下道には、白い服に身を包んだ傷痍軍人が、片脚を失くしたり、腕をもぎ取られた不自由な身体で、アコーディオンを弾きながら物乞いをしていました。それは私には亡霊達の楽団のように映り、怖くて前を走って通り抜けていました。駅を出ると、木々を日除けにして、数台の『リンタク』が客を待って並んでいました。職を無くした元日本兵のその日暮らしの仕事です。     家に帰ると、一緒に住んでいた明治生まれの祖父がいました。彼は来る日も来る日も、畑で野菜を作り、小屋を建て鶏を飼い、卵を産ませ、糞を茣蓙に広げて陽に干し、肥料にしました。また、山羊を育て、搾りたての乳を台所で沸かしていました。葡萄棚も作り、お餅つきの杵も削り、休まず手を動かすのです。まるでこの中の『音吉』の『槌の音』のように。    もしかしたら手を止めると、思い出したくない戦争の記憶が甦るからではなかったかと…今、思うのです。そんな祖父の寝ていた部屋に、ずっと架けられていた『カーキ色の軍服』の意味。『流転の海』を読んで、祖父の寡黙で何かに耐えているような顔が、遠い時間の底から思い出されてきたのです。

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写真は、有るか無きかの僅かな光を、それでもくっきりと放っている美しい繊月の一枚をお借り致しました。物語の中の戦後を生きようとした人々の「意志」のように感じました。  ご自愛くださいませ。どうかごきげんよう

                                                                                 謹白

 

                                                                       清  月      蓮

 

【79-1】『流転の海』全9巻 (その1 )  { 1~9巻のテーマ別  読後感を記載 }

宮本 輝 さま

  謹啓

『流転の海』よりも前に読んだ作品から、自分なりに受け取らせて頂いた事柄で、何が一番の歓びかと言えば、それは「死への確証」だろうと思います。    ある時、作品を読み終えた途端、目の前に、猛烈な勢いで流れ落ちる光の滝を見たのです。それが意味するものを、私は知りません。その時以来、心の中にストンと落ちてきた死への想念が、確かに今も消えずに、ずっと身体にいてくれます。

 以前なら、楽しい時間を、友や家族と賑やかに過ごしていても「私は、いつか呼吸ができなくなり、踠き苦しんで、物も食べられなくなり、衰弱し、死に果てることになるのだ」という絶対的事実に、とても恐怖をもっていたのです。醜い老婆となり、皆に憐れまれて死んでゆくのだという考えが、絶えず頭をよぎっておりました。

 そんな私が、今は心から『死は生が形を変えただけ』であり『一つの通過点』だと心底思えるのです。未来には虹も見えます。

  以来、作家 宮本 輝さんは、私淑する唯お一人の小説家なのです。 年月をかけて、作品を追い続けることは、大きな歓喜となりました。かけがえのない命の意味と、生きる為の沢山の秘儀を教えて頂けたのですから。こんなにも快活に朗らかに生きていけるではありませんか。

  さらに『流転の海』全9巻を読み返すうちに、益々それが確実性を増し、強固になってゆくのを感じております。何故なら、こんなに多勢の人達の生きる姿や、死にゆく姿を見せて頂けたのです。この場面のこの言葉…などとディテールを追うことは、今日はひとつだけにしておくことに致します。 読めば読むほど、胸に広がる「安心感」のようなもの…それこそが、原稿用紙7000枚から立ち昇る、温かな息遣いでなくて、なんだというのでしょう。そしてもう一つは、お父上『熊吾』の、息子への慈しみの言葉が、胸の奥深くに沁み入ってきます。最後の『野の春』で『熊吾』は『伸仁』にこう言います。

  『わしはお前が生まれた時からずっと、この子には他の誰にもない秀でたものがあると思うてきた。どこがどう秀でちょるのかわからんままに、何か格別に秀でたものをもっちょる子じゃとおもいつづけてきたんじゃ。しかしそれはどうも親の欲目じゃったようじゃ。お前にはなんにもなかった。秀でたものなんか、どこを探してもない男じゃった。お前は父親にそんな過度の期待を抱かれて、さぞ重荷じゃったことじゃろう。もうしわけなかった。このわしの親の欲目を許してくれ』

 ひ弱な体で産まれた『伸仁』を無事に成人させ、心優しい、多くの人から愛される、懐の深い男に育てあげる為に、病いの時は懐に入れ、雪道を転げ走って医者に診せ、また息子が瀕死の高熱で、水さえ受け付けない時に、自ら鶏を潰し、夜を徹して命のスープを作って飲ませ、息子を救った父でした。

 今は、妻にも愛想をつかされ、あった筈の財力も、体力も、全てを失いました。そんな『熊吾』が最後の最後の力を振り絞って、息子に「伝えた言葉」がここにありました。「息子よ、お前はこれから、血の出るような努力をせにゃーいけん。そうやなければ、お前の中に眠っちょる秀でたもんは姿を現わさんぞ」と…   

 これが残された『熊吾』ができる息子への出来る限りのエールだったのだと思います。上に抜粋した父の残した言葉の『裏』を、息子はいつかきっとわかる筈だと信じたのです。小さい頃から世の中の『表も裏』も見せてきたのですから。  

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写真は、死の間際まで、息子を愛し、周りの人々を案じ、妻にこうべを垂れながら、心は熱く燃え盛っていた『火の玉 熊吾』の心を写したような一枚をお借りしました。      またお便り致します。どうかごきげんよう 

                        謹白

 

                                                                           清  月    蓮

【79】『流転の海』全9巻完結 に寄せて

宮本 輝 さま 

お久し振りでお便り差し上げます。
『流転の海』の最終巻『野の春』単行本が、先月末に発売になりました。
本当におめでとうございます。どんなにか安堵された事と思います。発刊以降の講演会、出版祝賀パーティー、テレビ出演、ラジオ放送等の、お忙しそうなご様子に、お手紙を控えておりました。もうご自宅でいつもの生活に戻られましたでしょうか。ゆっくりご旅行などもできればいいのですが…
本当に37年間お疲れさまでした。

私も数ヶ月前に、先生の作品についての読後感を全て書き終え、心身が整理されたような穏やかな日々を過ごしておりました。
その間『流転の海』1巻から8巻までを3度読み返しました。読んでも読んでも、私の力では書き表せそうにない大きな世界に、悄然とせざるを得ませんでした。海のように広く、物語の展開に沿って次々寄せる波に漂うばかりで、言葉が具体的な形を見せてくれません。ですが『流転の海』を読み進める中で、自分の体験や、それによる過去への連想に繋がる情景が浮かびました。今までのお手紙には、自分のことなど要らぬことだと、意識して書かずにおりましたが『流転の海』の読後感には少し書いてみたいと思っております。
読みながら、そう言えば、私も購入した本の間に挟んであったハガキに「どうか、読み始められた方々が生きてる間に完結して下さい」などと書いた事を思い出したり致しました。その頃、このシリーズ以外にも次々作品を発表されていたからです。それでもこの日を迎えられて、本当に心よりお慶び申し上げます。
今日は、初めて友人の薦めで『青が散る』を読ませて頂いた頃のことを、思い返しております。夜になり1日の仕事を終えて、本を脇に挟んでベットに向かう時、どんなに幸福な気持ちでしょう。その日に何が起ころうと、温かい布団にくるまれて本を開く時間は、全てを忘れて作品世界に惹き込まれてゆけました。こんな気持ちを一人でも多くの方々に知って頂きたくて、ブログのかたちでお便りしております。
今日はお祝いの気持ちをお伝えして、また改めまして『流転の海』についてお便りさせて頂きます。くれぐれもお身体ご自愛のほど。この前のNHKテレビで仰っておられた「作家としての70代」に、豊かな作品に取り組まれますことを楽しみに致しております。どうかごきげんよう
写真は晩秋の美しい一枚をお借りしました。

                                                                      清  月      蓮f:id:m385030:20181124194601j:plain

【78】『焚火の終わり』宮本 輝著   《上・下卷》

 

宮 本  輝 さま

 お元気のことと思います。初めてお便りを差し上げてから、間もなく二年が経ちます。一方的で申し訳ありませんでしたが、だからこそ、気楽に書かせて頂けました。『流転の海』シリーズを残し、多分これが最後の作品です。『焚火の終わり』は、踏み込めない性の領域に戸惑い、書きづらくもありましたので、今日まで残してしまいました。でもとても好きな作品です。 

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『美花』の過去はこの写真のようです。絡み合い姿が見えない枝の先は、どこへ繋がっているのでしょう。短編『深海魚を釣る』はこの作品の『スケッチ』だろうと思います。この木が冬を乗り越え、必ず来る春に向かって、枝の先まで沢山の蕾を付けていることを祈りつつお借りしました。

 

『いのち』が一番大切です。それを生み出せる唯一の方法が《性》であるなら、思索するのは大切なことです。思春期に自我意識が芽生えてくると、自分の『いのち』がどこからやって来たのかに気づき、ある時期、両親を疎ましく感じることもあります。やがては受け入れざるを得ず、自身の中にも厳然とあるその欲求に気付かされます。 

母が、私が嫁に行く前に「お金と子宮の使い方さえ間違えへんかったら、大抵のことはあんじょういくさかいに…」という意味のことを言いました。その頃は何気なく聞いていましたが、今になって、よくわかる気が致します。この物語はまさにその二つの事が描かれている事に驚きました。 

人間にとって、自分は誰と誰の子であるのかは、基本的な心の安定を保つ重要な事項なのです。祝福されて結ばれたのか、周りの反対を押し切ってまで求めあったのかも含めて、全てを受け入れるには、若くて未熟な時期には、相当難儀な経過があります。それなのに、物語はもっと厄介な状況を炙り出してゆくのです。 

自分の親を含めた人数のはっきりしない『男女』が、相手を慈しみあい、賢く慎ましく生きている人々であったとしても、実際には《淫らな行為》であると言うしかない乱れた性行為を繰り返し、その結果生まれたのが『美花』なのです。父どころか、生んでくれた母まで、本当の意味の母親かどうか分からないのです。『美花』は、本能的に自分を育ててくれたのは『あの母』ではないことを感じたり『父』として送金したり、大金を残してくれていた人が、一人ではなかった事に、たとえようもない憤りを、どうすることもできません。そんな状況を乗り切れるでしょうか。 

この事は《親の因果が 子に報う》との仏教的捉え方のように、長い間『美花』を苦しめま す。無論のこと、関わった『茂樹』の母も、自らを赦せない『刑罰』を受けているようです。 

物語の主題は、ツルゲーネフの『初恋』の「ウラジーミル」のように、また『愉楽の園』の『チュラナン』のように、命がけで相手を愛し、時を経ても、ただ愛しく感じられる恋へと浄化させたように『茂樹』と『美花』は、鞭打たれようと、自分たちの心を、高い場所に《転換》してゆく心の様を、描かれておられるように思います。 

たとえどんな生まれ方をしても、血が繋がっていたとしても、二人の燃え上がった恋の炎は『焚火』のように身体を温め、香ばしい匂いを放ってゆきました。 

そして、生き抜くために、これまでの仕事を辞めて、真に自分たちの求める生活へと大きくハンドルを切ることになります。どこよりも居心地が良く、心と身体をやすめる為の『宿』を作ろうと動き出しました。二人の前向きさや行動力には、親たちを含めた人々への『怒りや屈辱感』などを乗り越える力があったのです。 

『いのち』の底には、誰もが隠し持っている途轍もないエネルギーが潜在しています。どんな極限状態であろうと、そこから這い上がろうとする力が内在していて、それを信じて生きた人間は、苦しみの末に必ず《歓喜》に行き着ける姿が、ここに描かれているように思いました。貫いて二人が幸せになることが《報いを翻す》ことなのですから。

 

今週は、関東以北に大雪が降りました。申し訳なく思いながら、寒さに便乗して家に籠り、愉しく本を読んでおりました。宮本輝さんの《創作作品》はこれで全部でしょうか。粗忽者の私は、もしかしたら、大切な作品を書き漏らしているかもしれません。現在は『流転の海』第4話『天の夜曲』を読み直しております。やがて出版されます次巻を待ちまして、最後まで読み通した後に、また『一巻』からお便りさせて頂きたいと思っております。その日を愉しみにして、お待ち致しております。最後に雪の中でも強く美しく咲く山茶花に『美花』の姿を感じましたので、この写真をお借りしてお届け致します。お元気でお暮らしくださいませ。どうかごきげんよう。   

  

                                                                      清   月    蓮   

 

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焚火の終わり〈上〉 (集英社文庫)

焚火の終わり〈上〉 (集英社文庫)

 

 

 

焚火の終わり 下 (集英社文庫)

焚火の終わり 下 (集英社文庫)

 

 

  

【77】『手紙 』宮本 輝著 1995年小学5年国語(上)に掲載

 

宮 本  輝 さま

 芥川賞の選考も終えられ、落ち着いた日常が戻られましたでしょうか。この時期になりますと、阪神淡路大震災の記憶が甦って参ります。あの年に生まれた子達が もう23歳になるのですね。同じように世界大戦を経験された方々もとてもご高齢になられています。今日は小学校の『教科書』に書かれました『手紙』を読みましたので、お便り致します。 

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 とても美しい写真です。青い空にピンクの鮮やかな薔薇がお喋りをしながら、笑いあっているように見えます。何処かにありそうな薔薇のアーチですが、よく考えますと『平和の中』にしか存在しない事に気づきます。短編『手紙』に書かれた戦争の悲劇を読み、平和の大切さに気づかせていただいたのでお借りしました。 

このお話は小学生の教科書に載ったものです。やさしい言葉遣いでわかり易く、だからこそ胸に迫るものがありました。 

戦場で『タケオ』の祖父が『戦友』から託されて『広島』に住む両親に渡してくれないかと頼まれた『手紙』が、その題名になっています。戦場には、将来、学校の先生になりたかったり、医者を目指していた若者が、否応なく戦地に引きずり出され、敵を鉄砲で撃ち、命を奪い合うのです。それは同時に『相手』の夢を破壊し、自分と同じように両親や友人もいるだろう人間を、敵国だという理由で、 無差別に撃ち殺す行為なのです。 

小学生の幼い時期に、戦争はどのような大義名分があろうとも、残酷で無益で、今まで築いてきた全てを破壊し、身体を傷つけたり命を奪うものだとしっかり胸に刻み込まなけれなりません。その為の『宮本輝』さんのはっきりした姿勢がここにありました。 

私も幼い頃、祖父と暮らしていました。いつも寡黙で悲しそうでも嬉しそうでも無い顔で、淡々と朝から暗くなるまで庭にいた祖父を覚えています。庭には実をつける木々がありました。無花果、柿、グミ、葡萄棚にはデラウェア、そして鶏小屋もヤギ小屋も作り、卵とヤギの乳を得る為に一人で世話をしていました。庭の横手には、お正月のお餅つきの為の、屋根のある「へっついさん」までありました。隣の広い空き地には、祖父が耕した畑があり、ネギや馬鈴薯、大根、茄子、トマト、胡瓜が太陽の光を浴びていました。 

今、思いますと、祖父は、少しでも家族の役に立とうと思っていたのです。軍服色の堅そうな上着をいつも着て、戦争当時の教練用の帽子を被っていました。祖父がその古い上着を長く大切に着ていたのは、四人の孫と、息子である父の通勤着に、お金がかかると考え、自分は我慢して大切にしていたのかもしれません。 

祖父から戦争の話を聞いた覚えはありません。どの大戦に行かされたのかも知りません。ですが、祖父のその頃の姿を、今になって思い出すと、悲しみを抱えこんで、戦後を懸命に生きていたのだろうと納得がゆく気がします。『手紙』に触れ、たとえどんなことがあろうと戦争を起こしてはならない。それが私の胸に祖父の姿と共に強く甦って参りました。この『手紙』の宛てられた家族は原爆で死んでいました。『手紙』は届けられなかったのです。戦争は人間の犯す最も下劣な行為です。その事を胸に留めて日々を生きたいと思います。

 

年が明けますと、急に春に近づいたような気がしてまいります。たしかに暖かい日もありますが、冬はこれから厳しくなりますので、油断をされませんように、ご自愛くださいませ。どうかごきげんよう

  

                                                                    清  月     蓮

 

 

 

宮本輝~人間のあたたかさと、生きる勇気と。~

宮本輝~人間のあたたかさと、生きる勇気と。~

 

 

【76】『愉楽の 園』    宮 本  輝 著

宮 本  輝さま

 いかがお過ごしでおられますでしょうか。今日は『愉楽の園』を読みました。どれほどこの物語を愛しているかを、お伝えできる言葉を持たない自分が本当に無念でなりません。元旦にお便り致しました『青が散る』の中にある『自由と潔癖』が、少しの時を経て、登場人物の意識の中で闘いを始めた『物語』のように思います。 

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 この物語は、熱帯の国『タイ』が舞台です。私が、熱帯地方に住んでいた頃、いつも写真のような冬の風景が心の隅に沈んでいました。物語の中にも《木枯らしの街を襟を立てて歩きたい…》《冬の日本海…》との記述がありましたが、生まれた国の皮膚感覚の烙印は、地球上のどこにいようと消えるものではありませんでした。熱い鍋をかき回して、香辛料の香りが立ち昇るような国が『タイ』であるなら、日本は、この写真のような雪道に、一人立ちたいと感じさせる国だと思いお借りしました。

 

『タイ』の熱さは、重い空気が、透明感など決して見せない頑迷さで、異国の人間を、寺院の屋根に照り返す西日となって拒んでいるかのようです。ギラつく光線と灼熱が作り出す、退廃へ誘う思考力の浮遊、スコールの狂ったような雨音、茶色い『蜘蛛の巣』みたいな運河の至る所に繋がれた小舟、微風に揺れるブーゲンビリア、濡れた床の小さな店の沢山の惣菜類…それらは混ざり合い、溶け合って、異国の人間を見下しているかのような平然さを崩さずゆっくりと微笑むのです。

 

運河べりの大きな家に、お手伝いさんや運転手もいる生活を続けると、便利さや快適さに慣れ、そこから抜け出すのは並大抵ではありません。しかも『政治家で王家の血』を引く相手に強く請われたら、尚更です。『 サンスーン』の愛を受け入れ、平穏で裕福な一生は『恵子』にとって、魅力的でない筈はありません。それでも、迷いと躊躇の末に、日本への帰国を決めた『恵子』の胸には、自分はただ生活できれば良いと言う人間ではないとの、内奥の声に気づいたのです。ここに到達するには『サンスーン』が、才能ある作家『チュラナン』の小説を我がものとして、自分の人格や才能に化粧を施したこと、また、世界を放浪した末に、何の社会的な武器も持たず、日本に帰国した『野口』の存在がありました。言葉にされているのは《虚無の海では生きられない 生死の世界で生きている人間である》と書かれているように思います。『自由と潔癖』が青春の象徴であるとするなら、二人は、恋も体験も積んだ後、より広い世界に目を向けて、自分の生き方に決断をつける模索の時期にさしかかっていたのです。

 

『野口』が、世界中を旅した中で見たものはただ『生と死』であると書かれていますが、例えば、アフリカの奥地の住民や、貧しい難民キャンプの映像を観る度に感じるのですが、そこには赤児を抱えた母親の姿と、しゃがみこみ、苦痛に耐えているような老人の姿が、必ず見えるのです。世界には『生と死』が、至る所に横溢していて、その海を泳ぐ人々の姿だけがあったと『野口』は感じたのです。

 

『愉楽の園』は、『宮本文学』の中で、今も一番の宝物です。文学の素晴らしさは、文字が描く世界にどれだけ浸りきり、その場にいるような錯覚さえもてる吸引力の強さに尽きると感じるのは、読み出した途端、天井の大きな送風機の羽根がゆっくりと回り出し、部屋の重い空気をかき回す微かな音が甦り、直ぐに心が溶けてゆくのが感じられる事が、その確信を強めてくれます。読むほどに、心が静まるように感じる作品も好きですが、熱を帯びてくる体を意識できる作品は負けず魅力的なのです。

 

日々はどんどん過ぎ去ります。寒さはますます日本を覆ってゆく様です。風邪が流行っていて、友人達の中には寝込んでいる人もいます。くれぐれも、うがいを欠かされませんよう、ご自愛されてお暮らしくださいますように。今月はまた、芥川賞の選考でお忙しいと思いますので、暫くお手紙をおやすみさせて頂きます。どうかごきげんよう 

 

                                                                    清  月    蓮

 

 

 

愉楽の園 (文春文庫)

愉楽の園 (文春文庫)

 

 

【75】『草花たちの 静かな誓い』  宮本 輝 著 

宮 本   輝 さま

 静かに新年が始まっています。先日テレビの時事公論で、世界に埋められている地雷について報じられました。地雷は、相手を殺さず、残虐に怪我をさせる事により、周りの人間をも恐怖に陥れ、怪我への対処に多勢の他の人の力までも抑え込む、悪魔の兵器だと知りました。一日も早く地雷撲滅が地球を救うことを願っております。今日は『草花たちの静かな誓い』についてお便り致します。 

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『菊枝』は、娘『レイラ』と幸せに暮らしていた頃の庭を、もう一度『ランチョ・パロス・ヴァーデス』の自宅に作ろうとして、庭師『ダニー』に設計図を作らせていました。この写真は、その庭の一部を連想させてくれます。お借りできて感謝しております。

 

2016年12月にこの本が出版されました。私は偶然にも、その前年にカリフォルニア州におりました。気候やアメリカのお金持ちの屋敷の広さを、直に感じられたのは幸運としか言えません。当時、カリフォルニアには、海と乾燥した大地しかないとの印象をもちました。季節がら棘に覆われた枯れ枝が、風に煽られくるくる回って足元に飛んできます。人々はラフな服装でワインの瓶を下げ、夕陽を見る為に、あちこちから海辺に集まります。人生を愉しむ裕福な人々を囲むカモメの群れを、飽きず眺めた記憶が甦りました。 

『草原の椅子』に《人情のかけらもないものは正義とは言えない》との記述がありました。常識という縛り、それどころか、法律という鎖を切ってでも『菊枝』と『キョウコ・マクリード夫妻』が為そうとした事について思いを巡らせます。 

大抵の人は、世間の風潮に対して、なるべく逆らわずに生きていきます。自分の中の常識を重んじ、法を犯すことの恐怖から、この物語のような行動はとれるものではありません。カリフォルニアのスーパーに行くと、本当に牛乳パックに、『子供の捜索』を願う写真やメッセージがあるのを見ました。いたたまれず目を背けた私も、やはり世間の人と同じなのだと思いました。 

この物語に描かれたのは、大切ないのちを護るための、知悉な計画から実行までが、サスペンスのように描かれていました。 

『菊枝』と『キョウコ・マクリード夫妻』には、自分の人生を賭す程の強い信念と、正義とは何かの判断に、本気の覚悟があったのです。他者の為に自分の意思を貫いて行動したた探偵『ニコ』がいたことは、『弦矢』が、財産を独り占めするどころか、逆の方向へと行動した時には、必ず味方が現れるとの必然を感じました。辛いことに耐える長い時間、願いを祈りに託す時間、草花を育てることが、安らぎと辛抱を、草花たちから与えられるのです。 

最後に大好きな花、ノウゼンカズラが出てきて、体中に血が駆け巡り、周りがぱっと光輝いたような感覚をもちました。何故なら、花言葉が、この物語のように「勝利」であり「平安」だった事。また、幼い頃、私の父が、この花のように明るく、力強く、幸せな言葉をラッパのように鳴らし続けることを、私に願ったからです。その頃の自宅の玄関から庭への通路には、ノウゼンカズラのトンネルがありました。蟻や蜂たちに蜜を与え、自分の目指す場所へと力強く昇る姿に見習うようにとの、父から私への大きな課題だったのかも知れません。 

今年は去年までのあまりに物騒な世界の流れが『ドンデン返し』の年になりますよう、私も気合いを入れて参りたいと思っております。お元気で、どうかごきげんよう 

 

                                                                 清  月     蓮

 

 

 

草花たちの静かな誓い

草花たちの静かな誓い