花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【3】『春の夢』 宮本輝著

宮本輝さま

お元気でお過ごしでしょうか。
満開だった桜が散り、季節の移る柔らかい時間を過ごしております。
今日は『春の夢』を読みましたので、お便り致します。

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物語は、若い2人の恋のゆくえを追いながら、人が生まれながらにもつ宿命についても考えさせて頂きました。

汚れたところなど1つもない裕福な家の娘『陽子』と、親の借金の為に、命の危険にさらされる程貧しい生活をしている『哲之』
2人は、相手を愛おしく思う心だけで、寒くて粗末な薄い布団だけのアパートの一室で結ばれます。
それなのに、この場面は、どんなにか美しく温かかったでしょう。


ここには『哲之』が暗がりで、柱に打ち付けた釘に、身体を射抜かれたまま生きる蜥蜴の『キンちゃん』が登場します。
どうかこの蜥蜴は、『哲之』の想像の産物でありますように、と願いましたが、あまりに現実味のある描写に、生命のしぶとい迄の強さを見るしかありませんでした。

その蜥蜴は、『哲之』に課せられた宿命のように、背中から釘を刺され、身動きできないままに生きています。
『哲之』も蜥蜴も、この苦しみから逃れられないのでしょうか。

それは『陽子』が、初めて手に怪我をしてまで作った「蜥蜴の家」によって救われたのだと思います。
その家は相手の為に、幸せに向かう強い意志の象徴でもありました。
未だ隙間だらけでも、どうにかして蜥蜴を、そして何より『哲之』の心を救えると考えたのでしょう。
そんな、彼女がもたらしたものは、宿命と見えた『哲之』の苦しみを、跡形もなく蜥蜴と共に消え去らせてしまったのですね。

決意して愛することは、どんな環境も 、苦難に見える難題にも、必ず打ち勝てることを、この物語は教えてくれているように感じました。
そして、人を本気で愛した人間だけが手に入れられる生命の強さを思います。

この写真は、野辺に咲くレンゲ草です。
『陽子』のもつ清々しさと可憐さに秘められた芯の強さのようです。
大好きな一枚なのでお借り致しました。

今年はれんげ草を見ることができませんでした。
世界中に、風に吹かれてさざ波のように揺れるれんげ草の原が、
広がってゆくのを想像しながらやすむことに致します。
またお便りさせて頂けますように。
どうか、ごきげんよう

                                                                      清月連