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花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【4】『幻の光』 宮本輝著 

宮本輝さま

お忙しい毎日をお過ごしのご様子、お元気でおられますか。
今日は『幻の光』を読みましたので、お便り致します。

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貴方の作品には無駄な語句は、一字もない事を知っています。
何度も読み返して、『幻の光』とはなんだろう…
知りたくて、烈しい衝動に駆られて仕方ありません。

幻の光』は、能登の荒れた海には珍しい凪いだ穏やかな日、ひとかたまりになって海面に踊りはねる 輝くさざ波。
人間の感情や、まして体力や精神力なんて表面的なものではない『精』が抜けた時に、『死』を、恰も幸福なもののように手招きする 光のざわめき。

7年前の尼崎の路地裏のアパートに、妻と生まれて3ヶ月の赤ん坊を置き去りにして、電車の線路の上を迷わず歩き続けた夫の自殺の意味を、『ゆみ子』は7年もの間、胸の中で問い続けています。

『あんた』の『精』は、幼い頃父を失い、やがて母をも喪い、中学を出て小さな町工場に勤めた『あんた』の身体から、少しずつ抜けていったのです。

数知れないこの世の理不尽や、底なしの淋しさや、どうしようもない貧しさ。
部屋に差し込む3軒のラブホテルの映し出すどす黒い紫色の光。
盗まれた自転車を、金持ちの邸宅から盗み返した夜の、心の混沌。
相撲から廃業したのにチョンマゲを切れないでいる人を見た職場での侘しさ。
こんな風に、人から『精』を抜くものは、そこらじゅうに溢れかえっています。

『ゆみ子』は、心も体も結びついたと信じていた夫を亡くし、幼い頃『トンネル長屋』で育った貧しい故の沢山の哀しみの中で、ひととき母の膝で感じた『安堵』を思い出しています。
『安堵』は、絶え間の無い心の痛手の中で感じる つかの間の安らぎであり、
安心と言えるものとは少し違っていたけれど…

『ゆみ子』が『幻の光』に誘われなかったのは、息子『勇一』を連れ、再婚の為に向かった能登への旅立ちの日に、駅のプラットホームまで見送ってくれた朝鮮人の『漢さん』が精一杯の激励で、開けてくれた扉でした。
『ゆみ子』が再婚した『関口民生』の優しさや、娘『友子』の素直なありがとうの言葉、そして素朴さの中にいたわりを感じさせてくれる『義父』との日々の暮らしの中で、幾度か『安堵』する時を持てたからではなかったでしょうか。

『安堵』は、誰かから大切に思われたり、必要とされたり、心から励まされたり、安らぎの時間をもてたり、日々の生活を懸命にこなしてゆく中から生まれてきます。
そんな時『幻の光』は穏やかな春の海に、いつの間にか暖かい一面の輝きとなって、やがて消えてゆくものだと思いました。
そしてそれはきっと懐かしい近しいもののように、自分の『生』を護ってくれるのでしょう。

随分、独りよがりな事を書いてしまいましたが、今日はこんな春の午後を過ごしました。花水木も満開です。
またお便りさせてくださいませ。
どうかごきげんよう

                                                                               清月蓮

 

 

 

幻の光 (新潮文庫)

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