花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【6】『二十歳の火影』 宮本輝著

宮本輝さま

お元気でおられますか。
ひと雨ごとに夏が近づいております。
今日は『二十歳の火影』を読みましたのでお便り致します。

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『二十歳の火影』は、読み返します度に、まるで小さい頃の宝箱を覗いたように、懐かしい香りが鼻をかすめるような気が致します。

随筆の持つ真実性にはとても魅力があります。
ここに収められた38篇の随筆は、僅か数ミリの虚飾や事実への誤魔化しを、徹底して排除されようと決意して向かわれたことが、つぶさに読み取れたように思います。お書きになった後のご疲労は想像に余りあっただろうと。

『宿命という名の物語』
ここには大切なことが書かれています。
書き手の創造の源についてのようでいて、実のところ読み手の私たちに提言されています。
『物語』を読んだ後に生まれる『連帯感』は、人間だけが持てる意思と実践によって、自らに科せられた『宿命』との闘いの末に開花するものであり、それをいかに乗り越えたかを浮かび上がらせた『物語』のみが、幸福をつかむ道 へと繋がるのだということ。
生まれながらの人間の差異…人種、性別、貧富、能力、容姿や体型に至る多くの差異。   それらは 1人残らず人間がもって生まれた『宿命』でもあるからです。
そこを読み取れなければ、文学の意味は薄れてしまう。
巷にはその真価のない本が溢れている時代です。

また、随筆は小説のスケッチになるかもしれないとの言葉がありました。
そして後の数十年…   この中から零れた無数の雫が、確かにその後の作品群の中に結晶してゆきました。

若き日々は『恥ずかしい時代』であるからこそ、年を重ねて思い出の小箱を取り出しては、様々な想いを持つことが出来るのかもしれません。
その時は、転んで怪我を負い、熱にうなされたとしても。
ご自分の傷跡を作品として書き上げられるのは、かさぶたを引き千切ることから始めなければならず、固まりかけた血が噴き出します。
小説家の『使命』は痛みを伴いながらも、今、私どもの前に本として残されたことに感謝致します。

ちょっとクスッと致しましたのは、『初出一覧』を見た時、『夕刊とたこ焼き』が、優雅な奥様の読者が多いであろう『家庭画報』への寄稿とあったからです。これは読み手の受けなど、ものともされない貴方の心意気が感じられて、思わずお顔が浮かびました。

写真の赤い花は、お気に召しましたでしょうか?
散る間際までしっかり色を残したチューリップです。
燃える心の色であり、噴き出す血潮のようだと思い、お借り致しました。
またお便りさせて頂けますように。
どうかごきげんよう

                                                               清月蓮