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花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【12】『舟を焼く』宮本輝著 『胸の香り』収録


宮本輝さま

曇り空が続いていましたが、今日の太陽は、まるで真夏のようでした。
今年の夏は厳しい暑さになりそうな予感が致します。どうか、ご自愛下さいますように。今日は、短編集『胸の香り』の2篇目『舟を焼く』を読みましたので、お便りさせて頂きます。 

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 部屋数は、5つばかりの安宿のガラス窓に映る舟の影。

その向こうに日本海を望む砂浜がありました。そこに置かれた一艘の廃船は、夜毎 場所を変え、砂浜を引きづられて移動していました。
『宿の主人夫婦』は、30歳くらいに見えるほど老けた印象を与えています。幼馴染の2人は8歳の頃から、ここにある舟を漕ぎ出し、沖に浮かぶ島の平らな石の上で「2人だけの時間」をもっていました。  中学になると互いに相手と結婚したいと願うようになり、その想いは19歳の時、この旅館の跡を2人で継ぐことによって満たされました。けれど、僅か3年後 22歳で、別れることになってしまったのです。そして別れの前にこの舟を焼き払ってしまおうと場所を求めて移動していたのです。
この舟に心を誘われた泊まり客の『私』と『珠恵』も、やはりここで別れなければならない事を知っていました。でも、未練や惰性や体の相性などが、ここまで2人を別れさせなかったのです。2人は現実には出口を見つけられない関係だったのです。         この2組の男と女に共通していたのは、「2人だけの時間」が、もしも満たされていたとしても、「2人だけの時間」を継続出来ない様々な要素に 、打ち勝てなかったということです。経済的に困窮したのか、生活に疲れたのか、相手の愛情に誠意を見出せなかったのか、世間への嘘や誤魔化しに疲れ果てたのか…理由はおぼろげにしか書かれていませんが、ここに「紛れない結末」を見た思いがしました。      人を愛するのは「2人だけの時間」の中では成立していたとしても、それは他者の介在により壊れてしまうことが多いのです。他者とは世間の常識であったり、日々をこなす事の疲れであったり、豊かさへの欲望であったりもします。それらを超えたもっと高い場所に2人が居続けなければ、波にさらわれたり、水底に落ちて沈んでしまうのです。相手に望むことが多かったり、「2人の時間」以外の時間を拘束し合うことも。

この写真は落ちてなお美しい形を残したえごの木の花です。
燃え上がる炎に焼け崩れた小さな舟と、その中に『珠恵』が投げ捨てたブレスレットは、この2組の男と女の「紛れない結末」です。けれど、たとえ別れを決意したとしても、それぞれの胸の中に、そして4人の未来に、この花のような美しい思いが残るようにと願ってお借り致しました。風が心地よく吹いています。こんな午後は窓をいっぱいに開けて、新鮮な空気を吸い込みます。
またお便りさせていただけますように。どうかごきげんよう

                                                                                清月蓮

 

 

 

胸の香り (文春文庫)

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