花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【18】『真夏の犬』  宮本輝著    『真夏の犬』に収録

宮本輝さま

暑さには強い方ですが、さすがに今年はもう極まってきました。お変わりございませんか?この短編集は先にお便りしました『胸の香り』より、数年前に執筆されていますが、季節に合わせ、入れ替えてみました。今日は第1篇目で題名にあります『真夏の犬』を読みましたので、お便り致します。

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『真夏の犬』の舞台は、長編『長流の畔』の中で『熊吾』さんが見つけられた広い中古車置き場でした。そして、大平洋をヨットで横断した英雄のニュースが伝えられた年のお話です。    『父』の言いつけで廃車が並ぶ薄気味悪い場所で、見張りを命じられた『ぼく』の男の闘いです。
炎天下、一台のトラックの下へ潜り込む以外に日陰は無く、周りには腹を空かせた野犬が十頭余り。  そんな場所へ最愛の息子を送り出すのに『父』は野犬征伐に強力なパチンコを、『母』は暑さ対策に大きな水筒と日傘を持たせたのです。サスペンスの要素もあり、何かを読み取ろうとしましましたが、胸がドキドキして頭が働きません。
『ぼく』は中学2年生。もう少しだけ母の膝で甘えたい子供の心と、大好きな『母』を守ろうとする男の心が交錯する時期です。『ぼく』が勇気を振り絞り、知恵を総動員して恐怖と闘ったのは『母』の久し振りに見た笑顔が幸せな気分を運んできてくれたからです。  トラックの中で嗅いだ女の化粧の匂いも、父の物かも知れないトラックの中に見つけた忘れられた『扇子』も、母には告げず自分の中に押し込めました。最後に『死体』まで出てきますが、これは将来の『ぼく』の人生には、野犬のように食べ物を奪いに来る非道な者も、汚らしい性の関係も、身体を襲う炎暑のような災害も、パチンコのゴムが切れて自分の目が腫れあがるような突発事故も、まして直ぐ身近かな人間の死も…何もかもが避けられない事だからだろうと思います。
巻末の 評論家の方の解説に《場面としては醜かったり、欲望が露わで暴力やエロスが描かれていても、作品は鮮明で叙情があり、透明感を与える。それは少年の澄んだ目を通した描写だからである》みたいな事が書かれています。
でも、私はそうは読みませんでした。    何故なら貴方の全作品は、たとえ語り手や主人公が女性や老人であっても、同じだからです。 中に籠められた意思や哲学が揺るぎなく明確な故に、分かり易く透明感を与えるのだろうと思います。
この写真は、長い間経済的な苦労をされて、やっと束の間の幸せに輝いている『母』のイメージでしたので、お借り致しました。大好きな一枚です。弾けるような明るさが届きましたでしょうか? またお便りさせて頂けますように。どうかごきげんよう



                                                                        清月蓮

  

真夏の犬 (文春文庫)

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