花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【19】『暑い道』 宮本輝著 『真夏の犬』に収録

宮本輝さま

我が家の横を走る六甲山グリーンベルトから、朝と夕方、緑に冷まされた爽やかな風が吹いて来ます。ひと時 貴方のおられる場所の風を想像しております。庭に水を打ったり、蚊取り線香の匂いを嗅いだりして、夏をやり過ごしています。今日は『暑い道』を読みましたので、お便り致します。

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菖蒲は、5・6月の花ですが、この写真を見た時、このお話に登場します『ケンチ』『ゲン』『カンちゃん』『私』の4人の顔が浮かびましたので、お借り致しました。中学生から成長して世の中の強い風に吹かれながらも『4人』はそれぞれの道を歩いてゆきました。この輝いている花達はそんな『4人』の笑顔に見えました。
初めて『さつき』に会ってから、その美貌に魂を抜かれた『4人』は、やがて、幸せな甘い陶酔の時を与えられ、自分は愛されていると思い込みます。そして揃って『さつき』を世間の魔の手から守ろうと決意します。   純情な男の子たちを尻目に『さつき』は美少女が辿る最悪の道へと転げ落ちて行きました。次々と男たちと付き合い、危うい関係を連想してしまう『さつき』の行動は、『母親』が、アメリカ人相手の娼婦であったことを人々の口の端にのぼらせる程でした。高校を中退して東京に出、水着モデルから始まり、芸能プロダクションの男たちの餌食になり心身ともにボロボロになってゆきました。
『私』と『ゲン』は、育った貧しさから抜け出す為に懸命に受験勉強に埋没し、大学に進んで 就職します。『ケンチ』は高校を中退してヤクザになり、挙句には犯罪者として囚われます。『カンちゃん』は真面目さを買われ『山本食堂』のお婆さんの養子になり、とびきりのステーキ用の牛を牧場で育てています。    高校生から成人に至るまでの4人の人生は様々でした。ですが、川の土手の『暑い道』を歩いた頃の気持ちをずっと持ち続け、たとえ心身共に『さつき』が傷ついてしまっても、変わることなく思い続けた『カンちゃん』が『さつき』を嫁に迎え、共に生きることを選んだのです。
恋をするってよくあることですが、ただ甘美な快楽から相手を愛していると勘違いしたり、ひと時夢中になっても、自分の日々に追いまくられ忘れてしまったり、容姿の美しさだけに惹かれたり…   けれど、どんなに仲間に迫られようと愛する人を蔑みの対象から守ろうとした『カンちゃん』の一段高い恋だけが実を結んだのです。その道は長い辛抱と、自分の心を疑わずに真っ直ぐ生きて来た人にしか手にすることの出来ないもの。  ここでホッとできたのは、刑務所にいる『ケンチ』に、『私』と『ゲン』が面会に行き『さつき』の幸せの為に、出所しても『さつき』を追かけることを諦めさせようと約束するところです。そして、健康を取り戻した『さつき』の事をきっと『ケンチ』も喜ぶであろうと話します。男気ってこういうものです。いいですね。4人共、高校生の頃、川の土手の『暑い道』を歩いた純情を忘れていなかったのです。
またお便りできれば嬉しいです。早くお仕事が一段落して、ゴルフがおできになられますように。どうかごきげんよう

                                                                             清月蓮

  

真夏の犬 (文春文庫)

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