花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【20】『駅』 宮本輝著   『真夏の犬』に収録

宮本輝さま

本当にこの夏は今までにない暑さです。お変わりございませんでしょうか?   昨年このお話に出ている『能登鹿島』の駅に降り立つことが出来ました。無人駅は初めてでした。ひと時、ここで風に吹かれておりました。目を瞑ると物語の光景が浮かぶようです。今日は『駅』を読みましたのでお便り致します。 

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私がこの『駅』に降り立った日も薄曇りでした。数枚、写真も撮りましたが、やはりこの写真が短編『駅』の雰囲気を一番伝えているように感じましたので、お借りすることに致しました。
能登半島七尾線無人駅。
その駅は、どうしても消し去れない過去の墓地のようです。たとえ、『妻』に知られなくても、浮気相手の親に責められなくても、この無人駅は『田所』の過去を全部見ていました。長い桜のトンネルが葉桜の頃までその余韻を残しています。そこで、酒を飲み、過去を流そうと言うのです。

『誰からも好かれる、本当にきれいで、おおらかで、精神のどこにも汚れたものなんて持ち合わせていない妻 』 でした。
『田所』が開放性の結核に罹り、母親と揃って入院した時も、栄養価の高い料理を運び続けました。笑顔に不思議な力を宿しているかのように、どんな時にも明るく笑っていました。  なのに『田所』は自分の会社が危機を脱するや、取引先の社長秘書に心も体も奪われてしまいます。男はそんな風に造られているのでしょうか。
浮気相手の『春子』は、道理の解っている、意思の強い、しかもそれを端然と実行する賢い人でした。ですから『田所』の妻は、亡くなるまで『田所』と『春子』の間にできた子供の事は知らずに逝きました。
『妻』の死後三年が過ぎ『春子』と『田所』は結婚します。家族は皆 大人の理解が出来る穏やかな 関係になりました。 それでも『田所』の胸には、亡くなった妻への憐憫と悔恨が、消えてゆかないのです。『妻』は幸せだったのだろうか…
この『駅』と決別する為に『田所』はここを訪れましたが、時は過ぎ去り 、すべては収まるべきところに収まったかに見えても、自分の心だけは騙せなかったのです。それに、全てを見ていたこの無人駅も。鋭くけたたましい猛禽の鳴き声に向かって 投げつけたお酒の瓶も、『田所』の話に聞き入り、自らの道ならぬ恋に迷う『青年』が投げた小石も、能登鹿島の海の色に溶けてはゆかず、まるで自分の過去に向かって投げつけたかのように痛みを残しています。

この『駅』に立った時、人間は自らの意思で再生することができるのだと思えるようになりました。未来に向かって心を整理して新たに変革してゆけるのです。『駅』は、それを見守ってくれているように感じました。今頃、どんな人が降り立っているのでしょう。七尾湾の無人駅を憎まないでいられるように。この駅の静かさをそっとしておきたいのです。『田所』と『青年』の人生が、この先、どうか穏やかで幸せでありますように。またお便りさせてくださいませ。どうかごきげんよう

                                                                                清月蓮