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花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【21】『ホット・コーラ』 宮本輝著  『真夏の犬』に収録

宮本輝さま

お元気でおられますでしょうか?  朝早く目覚めますと、もう確かに秋の気配を感じます。まだ星が見えて、近くで野鳩が少し寂しそうに鳴いています。今日は『ホット・コーラ』を読みましたのでお便り致します。

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沢山の蓮が咲いている広い池からすくい取られたこの1枚は、数ある蓮の写真の中でも、とても美しいと思います。歩きながら見える場所から、この一輪を見つけられたのは偶然とは思えないものを感じましたのでお借り致しました。子を思う『母』の姿が届きますように。

1919年アメリカ アトランタから日本にやって来た『コカコーラ』は、忽ち私達の人気の的になり、高村光太郎さんも、芥川龍之介さんも、虜になられたそうです。 私も一時期、中毒みたいになりました。
なんらかの事情で一緒に暮らせない『母と少年』
喫茶店『アトラス』の窓際の席に座り『ホットコーラ』を注文する女は、近くの精神病院の患者なのでしょうか? それともそこで働いている人なのでしょうか?   女は『アトラス』の向かい側の家に住む『少年』の『母』だと分かります。『少年』は『母』が自分を気遣ってくれていることを知っています。大声も出さず、泣き喚きもせず、窓をいっぱいに空けて、画用紙に『きょうのおかずは はんばあぐ』と書いて『母』に知らせます。この時間が母と少年』にとって、なくてはならない大切な時間。でも、『アトラス』の主人『英男』は、経営の行き詰まりに悩んでいました。ずっと『ホットコーラ』を注文する女に淡い恋の想像をしていました。でもやはり妻『伸子』の望みを叶えようと決めたのです。ですから、窓際の席が、近くに出来た『蒲鉾工場』の人達に取られてしまうかもしれません。『母』と『少年』はもう窓際の会話が出来なくなるのでしょうか?

この短編は、お話の続きが浮かびます。出てくる人達が、みんな悪意がないからです。近所の人達は『おばあさん』と『少年』の2人暮らしの庭の雑草を、みんなで抜いてあげようと相談しますし『アトラス』の『英男』も妻がパートに出ているのを、少しでも楽にしてあげようと決めました。『工場主任』も約束を守って、従業員を店に連れて来てくれます。ここに集まる善良な人々は、自分の生活を守りながらも、別れて暮らす『毋と息子』を、きっとやさしく見守ってくれるだろうと思います。『母』が『息子』に会う時間だけ、『アトラス』の窓際の席は、きっとみんなが自然に空けておいてくれるような気が致しました。母の愛情はこの世の平和と安寧の源だとみんながわかっているんです。だって、コーラは温められてもスカッと爽やかに違いないですから。

週に一度の温泉は貴方のお薦めどうり、欠かさず実行しております。サウナ室に大画面が据えられ、普段は観ない民放が点いていました。驚いたのはゲームソフトのCMの何と多いことでしょう。人気タレントが次々登場して、楽しそうに勧めていました。なんだか悲しくなりました。本をたくさん読むべき時期に、大切な時間を若者から奪っていきます。またお便りできますように。
どうかごきげんよう

                                                                               清月蓮

 

 

真夏の犬 (文春文庫)

真夏の犬 (文春文庫)