花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【31】『アルコール兄弟』 宮本 輝著  『五千回の生死』に収録

宮本 輝さま

 

お元気のことと思います。抜けるような秋の空を見ていますと、時間が止まってしまったようです。これまでに出会ったやさしい人達の顔が 澄み渡った青空に浮かびます。今日は『アルコール兄弟』を読みましたのでお便り致します。 

 

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お借り致しましたこの写真は、池の底に辛かった過去の悔しさや寂しさを全て沈めて、静かな心を取り戻した 今夜の『私』と『島田』のようです。相手を受け入れるやさしさを持つ事が出来れば、相手の立場を思いやる心があれば木々の姿をそのまま自分の心に映したような、こんな美しい風景に出会うことができるのにと思います。

スナックで10年ぶりに『私』と『島田』が飲んでいます。

会社での立場から『共産主義の組合』に入った『島田』には、入社以来 誰も近付くひとはいません。でも今日、彼はこんな事を言います。イデオロギーも、理論も、世界を平和にした試しはない。嫁と姑の問題さえ、解決できない。自分は共産主義など信じちゃいない。ただ母を守るために仕方がなかったのだ。》  そして『優しくなったらいいんだよ。優しく、優しく。人間がみんな、やさしーくなったら、それでいいんだよ。世の中の難しい問題なんて、みんな解決するぜ』

そうです。  ゆっくり考えると、あらゆる戦いも競争も、相手に優しくさえなれたら、全部解決してしまうのです。しかも、これ以外、他には解決の道はないのです。 しかし、現実に 2人は社会でどう生きているのでしょう。

信じた思想、主義、世間の評価や立場それらに依って選択せざるを得ない事柄に遭遇して、心にもない行動を取ることもあります。生きる為に働き、家族を守る為に働き、いつの間にか、毎日身体をすり減らし、働くために働いている。そんな日々が続いてゆきます。自己顕示欲を満たそうと、また社会の勝者になろうとして、鋭い頭脳で絶えず研鑽し続けています。 その結果、自分の信じた正義を貫こうとすると、相手を敵とみなす以外方法はありません。だから、突き進むのです。この中の『島田』のように。自分の輝かしい未来の為に相手をなぎ倒すのです。この中の『私』のように。   相手を油断させたり、策略に血迷ったりしながら…  では、『島田』の唱えた優しくなる方法はどこにあるのでしょう。その答えの入っている箱の鍵は、誰が持っているのでしょう。それは優しくされた人が知っています。優しくされた人は、人にも優しくできます。周りにやさしいひと吹きを毎日絶やすことなく吹きかけ続けている人達を、私は知っています。その人達の行進に、どうにかして付いてゆきたいと思います。私には『アルコール兄弟』はいなくても。

 

今日はとても静かで、空気が澄んでいるようです。時々野鳥の声がしたり、近所に来るお豆腐屋さんのラッパの音色が聞こえています。時々はこんな青空の元で、ラウンドをお楽しみ下さるといいのですが。友人が最近、サンディエゴのゴルフ場で、オバマ大統領がゴルフを楽しんでおられるのに出会い、写メールして来ました。いつか私も貴方がプレーされているところを拝見してみたいなと思います。またお便り致します。どうかごきげんよう

 

                                                                          清月  蓮 

 

 

 

五千回の生死 (新潮文庫)

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