花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【32】『復讐』 宮本 輝 著  『五千回の生死に収録

宮本  輝さま

 

朝早く目覚めて、ベットで本を読んでいますと寒くて中々抜け出せなくなりました。お風邪など召されませんようにお祈り致しております。今日は『復讐』を読みましたのでお便り致します。 

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 いつも楽しく笑い声が絶えず、真剣な探究心に溢れ、友情の輪に誰も取り残されないで、好きなことを思い切り出来るそんな学校であってほしい希望や願いをもしも叶えられたら、生徒たちはこの写真のような笑顔になるだろうと感じましたので、お借り致しました。

 

1980年代に学校は荒れに荒れました。生徒は学校を憎み窓ガラスを割り、卒業式で教師に仕返しをする事件が全国に飛び火します。 これはそんな時代のお話です。学校は生徒の為にあるのではなく、体面や勝手な都合で容赦なく生徒が切り捨てられていました。そこには、権力を振りかざし、自分の不満と快楽のはけ口を生徒に向ける教師がいました。この中の『神坂』がそうです。

 

『光岡』と『津川』は、思春期の男の子なら、誰でも興味をもつタバコとポルノ写真を持っていただけで、3時間近くも正座させられ、最後に横面を張り飛ばされ、担任にもしつこく叱責され、結局は放校になってしまいます。もし、自分のことか家族の誰かと考えると『復讐』したくもなります。

『あいつはヤクザや。 学校の教師なんかと違う。俺はあいつを殺すぞ』    

『津川』の叫びは、数年後に果たされます。ヤクザの『光岡』の闇の力によって。  『神坂』は、巧妙に仕組まれた『光岡』の罠にまんまと引っかかるのです。『雀荘のテレビ』の字幕テロップに流れた『神坂』の強姦の醜態。彼は社会から抹殺され、一生陽の当たる場所には戻れません。これくらい当然でしょう。でも怖いのはその後です。

毎週土曜日の放課後、放校されずに残った『長井』に向けられたしつこい虐待。衣類を脱がされ、腕立て伏せをさせられていた彼の心に、何故あんな妄想じみた思いが浮かんだのでしょう。

それは、原因と明らかな結果 なのです。このような思春期の深い心の傷は、長い人生の重要な部分が破壊される原因となり得るのです。まだ大人になり切らない時期に受けた残虐な仕打ちや屈辱は、人間の根底の性の形をも変えてしまいます。それは、この『復讐』に利用された『女子高生』も同じです。

『可哀想に。また私みたいな女が出来るわ』お金のために男に抱かれる女です。性をお金で売る女です。  思春期に誰かに守られたり、心ある人に出会わずに迷路に迷い込むと、人間の心と体を造る幾万の要素は、そこに受けた衝撃によって、卑劣で卑猥にもなるのです。

現在の日本の学校では、いじめが蔓延していて、それを苦に自殺する生徒が後を絶たず、そのニュースが報じられても、また次の犠牲者が出ます。探究心も持てず、学ぶ喜びを見出す暇さえない生徒が闇に葬られています。   人より良い成績を取らなければ落ちこぼれ、毎日夜遅くまで塾に行かなければ、競争には勝てない。そのストレスは仲間を無視したり、金品を要求したり、暴力を振るい続けたりしてしか癒されないのです。  人の心に、清らかな水と暖かな太陽と輝く星々と優しい月の光が注がれるような、人間の基礎を作り得る学校のあり方が、無い筈はありません。国の宝である若者を、こんな環境においておくのは全ての大人の怠慢です。日本の人々の心に諦めと自分さえ良ければ目を瞑る利己主義を打ち砕かなければ、この国は確実に難破して、全員がどん底を見ることになります。

 

陽の光があるうちは春のように暖かいのですが、少し雲に隠れますと、急に気温が落ちて肌寒くなります。空気が澄んでいて、家のそばの林の紅葉が透けて見えます。貴方の作品が幾千年もずっと読み継がれてゆくことを、いつもお祈りしております。またお便り致します。どうかごきげんよう

 

                                                                               清月  

 

 

五千回の生死 (新潮文庫)

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