花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【38】『約束の冬』 宮本輝著

宮本 輝さま

やはり寒気がやって来ました。今日は朝から落ち着きません。NHK教育テレビに貴方がご出演される日だからです。22時まであと少しです。とても楽しみです。今日は『約束の冬』についてお便り致します。

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この写真に対する感覚は、少し違うのかも知れないと思いますが、ちょうど『約束の冬』を読んでいた時、これを見て『飛行蜘蛛』の事を連想してしまいました。可愛いピンクの糸のような蒸気の色にとても惹かれてお借りしました。

冬の初めのお天気の良い日に、お尻から糸を出しながら上昇気流と微風に乗って、少しでも遠くに飛ぼうとする蜘蛛の子供達。田畑の多い里山の雪の降る前の晴れた日に、何処まで行けるのかも、何処へ着くのかもわからないのに、懸命な健気さで蜘蛛たちは一斉に飛び立とうとするのです。

《その蜘蛛を、10年後の誕生日に、一緒に見に行きませんか。そこで僕は貴女に結婚を申し込みます…》そんな意味の15歳の少年から受け取った《手紙》と、父の建てた風変わりな《家》とが招き寄せたかのような人々がこの物語に登場します。

とにかく、読んでいて気持ちがいいのです。それぞれの場面に、何気なく書かれているかに見えますが、何より「お金」の行き来が気持ちいい。    32歳『瑠美子』が 弟『亮』への姉としての優しくて気前のいい思い遣りの奢りの代金。『亮』と『とと一』の主人との『李朝の飾り棚』にまつわる気っぷのいい即金。『瑠美子』と同級生『小巻』がネパールの村に『学校』を建てようと、毎月貯金すると約束した大切なお金。54歳の『桂ニ郎』が、血の繋がらない息子『俊国』にためらいなく遣った養育費。会社経営者として、社員に渡したポケットマネーからのお祝いや労いの金封。年老いた『須藤潤介』の代わりに、台湾まで運んだ心残りを消す為の弁償金。『瑠美子』の父が自分の思い通りの『武家屋敷のような家』に工面した建設費。『亮』が10年20年先を見据えて買い貯めた木材に支払った なけなしのお金…  その一つ一つがこの物語の硬い縄のように、一筋になって繋がっているように感じます。それが人の振る舞いの基盤のようにさえ思います。    私が嫁ぐ時、母が何気なく呟いた言葉を思い出させてくれました「まぁなぁ、台所の包丁とお金の遣い方さえ間違えんかったら、なんでもあんじょういくやろ」

また、この物語には人間以外の「モノ」がいくつも散りばめられています。外国製の葉巻。鯨のように見える三つの石ころ。パティックの美術品のような時計。イチョウの大木をはめ込んだ穴蔵のような空間。初めての新しいパソコン。軽井沢と北海道のゴルフ場。親切な業者さんのお陰で やっと見つかった老眼鏡。空飛ぶ蜘蛛の場所を示した可愛い絵地図、庭の敷石を覆う多くの木々…それらがもたらす豊さと安心感。それらに包まれながら、最後に…

『 雪迎え そは病む君に かかりけり』

こう詠んだ『鮎子』の気持ちと重なって、何処か高いところに、まるで蜘蛛の子達を運ぶ上昇気流に乗ったように、私を上へ上へと運んでくれたように感じました。今、病いに苦しんでいる友にも、怪我で痛みに堪えている人にも、上昇気流が一日も早く訪れてくれますように。

この物語の舞台の場所の殆どに、昔、行ったことがあります。思い出しながら、とても愉しく読ませて頂きました。これから本格的な冬に入ります。でも散歩の途中の冷たい風が、顔に当たるのがとても心地よいと感じます。またお便り致します。お風邪などお召しになられませんように。どうかごきげんよう

 

                                                                        清月  蓮