花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【39】『田園発 港行き自転車』宮本 輝著 上下巻

宮本 輝さま

ここ数日の冷え込みで、大地はすっかり冷え切ったようです。でも今日は素晴らしい青空です。明るい日差しは冬の小休止のようです。先週のテレビで仰っていた『書かずに書く…』は本当に難しいことです。画面に映し出されました『田園発港行き自転車』の直筆原稿の高さと迫力に感動しました。もう一度『田園発港行き自転車』を読み直したくなりました。最近作ですので、筋書きに触れないようにお便り致します。 f:id:m385030:20170128153114j:plain

まるで誰かの腕の中で、眠りにつくまでやさしく抱かれているような作品でした。この本の「あとがき」に、《 都会育ちの自分にも胸の中にいつも美しい田園風景があった 》という意味のことを書かれていました。私も強い憧れを、青々とした田園やそびえる山々に求めていることを感じます。この作品は大人のための安らぎの一冊です。物語の要になる場所『愛本橋』のフォルムの美しい写真をお借り致しました。

 

こんな喩え方は間違っているのかもしれませんが、読み終わった時、同じ貴方のお書きになられた『避暑地の猫』と『田園発港行き自転車』は補色関係のようだと感じました。この作品はどのページにも光がみなぎり、優しさと明るさと前向きさに満ちています。人間の持つ善なるものが限りなく目の前に広がり、「富山」の風土と共に幸せなメロディを奏でながら読む人をひなたでまどろむような気持ちへと誘ってくれます。「富山」という風土が、住む人々に与える途轍もない歓喜がページをめくるたびに現れるのです。そして《短編は長編のスケッチにもなり得る》のお言葉どうり短編『駅』も浮かび上がります。

『佑樹』には生まれた時から父がいませんでした。けれど、微塵の暗さも冷たさも彼にはありません。何故だろうと思案していますと、偶然、京都大学大学院の明和 政子教授の講義の内容を読むことができました。

《宇宙には法則があり、微塵の矛盾もない。他の動物と人間の誕生、繁殖の周期、そして誕生後 一年間、自分で歩くことができない人間は、動物学的見地からも、単独の両親が一人の子供を育てられるようにはできていない》というものです。    人には、人間らしい心が育つ環境が必要であり、それは周りの多数の人間と、心を浄化する自然などにより創り上げられるものだとも書かれています。現在、度々ニュースになる我が子の虐待などは、核家族化が進み、更に離婚や断絶、貧困により、孤立化した結果であろうと。私はそれを読んだ時、この解決方法がもしあるとするなら、その答えがつぶさに描かれているのが『田園発港行き自転車』だと思いました。人の正しい思惟、行動、強い希求、何よりそれらが、恰もずっと以前から結ばれていた糸のようにここ『愛本橋』に向かって集って来たのです。人の心を育てるのは、清冽な山からの湧き水、稲穂が輝きながら香ばしい匂いを放ち、山の端に落ちてゆく夕陽に感謝する祈り…そしてその場所を目指して集いあった人々。その沢山の優しい手によって、父のいない『佑樹』は、こんなにも素直に明るく懸命に人を思いやれる人間として育っていったのでしょう。日本のこれからに、やさしくあたたかい物語です。けれども、見方を変えれば、厳しい警告も確かに聴こえる気が致しました。

「あとがき」に、FB友達の寺田 幹さんの名前を見つけて、誇らしいような嬉しい気持ちが致しました。この本を書かれた貴方のお気持ちは、沢山の方々にこだましてゆき、また更に多くの人々に読み継がれてゆくことを願っております。美しい「富山」を汚さないように…新幹線の開通と共に沢山の方々が訪れて下さいますように…またお便り致します。どうか ごきげんよう

                                                                                         清月 蓮