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花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【46】『道頓堀川』 宮本 輝著

宮本   さま

 

貴方に手紙を書く土曜日は、どんな風にお過ごしでしょうか。多分、いつもと変わらない時間通りのお仕事だろうと想像しております。取材で遠くまで行かれることもおありでしょうが、その時は連載などのご用意もおありで、お忙しいのだろうと思います。今日は『道頓堀川を読みましたのでお便り致します。  

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 夜の街に横たわる『道頓堀川』は、猥雑なものを底に秘め、住人や訪れる人の心を吸い込む動かぬ鏡のようです。この写真はずっと昔のものだそうですが、探し出してくださいました。お借りしてお礼申し上げます。

私は、十数年前、下の息子とこの辺りを訪れましたが、『道頓堀川』の近くまで歩いて来ましたら、突然、目から感情のない涙が落ちて来ました。この川の発する臭気と混ざり合ったガスで、目に刺激が襲って来たのでしょう。

鏡はくらがりの底に簡略な、実際の色や形よりもはるかに美しい虚像を映し出してみせる。だが、陽の明るいうちは、それは墨汁のような色をたたえてねっとりと淀む巨大な泥溝である

この物語は、1982年6月に深作欣二監督の「映画」として公開されました。今日はその映画に絡めて書いてみたいと思います。       先ず、貴方が行数を費やされた喫茶店『リバー』に、マスター『武内』が、こだわって活けている『花』の扱いが、映画の中では、私には気になりました。濁った街の汚れた空気の中で『武内』の飾る花は、彼の「希望」であったと思います。そして、自分が蹴り殺してしまったであろう『鈴子』への「鎮魂」もこめられていたのでしょう。そこが映画には描ききれていないと感じました。  また大阪の人々は、あんなにガラ悪く騒がしいでしょうか。 挙句、最後に街の騒ぎに巻き込まれ『邦彦』が刺されるという設定に納得のゆかないものを感じました。  でも、最近、二度三度と本を読む度に、映画も観直していますと、映画とはあんなようにしか作れないのかもしれないと思うこともあります。これが「松坂慶子」さん演じる『まち子』の純な恋に、哀れさを誘う唯一の収め方なのでしょう。更に、この物語は「本」を読んでいると、騒がしいというよりとても静かだということです。『戎橋』から『リバー』までの『武内』の『足音』が聞こえる静寂もあるのです。夜の嬌声や喧騒だけを描いてある訳ではなく、寧ろ、心の移り変わりが丁寧に描かれています。息子『政夫』に対しての父の落胆や、自分と同じ宿命を断ち切らねばならないと強く考えた『武内』の気持ち、それに『杉山』に身も心も奪われた『鈴子』の哀れ、また、それに対する『武内』の取り返しのできない制裁への懺悔。翡翠色のギアマンの意味。『かおる』の生き方のやるせなさ数え上げたらキリはありません。でも、まるで天女のような「松坂慶子」さんの美しさと、純でおきゃんな可愛らしさを観ることができたので、全てを我慢することに致しました。本の作品と映画は全く別のものと捉えるのがいいのかも知れません

春はいつの間にか、もうすぐそこまで来ています。あと何回この季節を迎えられるのかと、ふと思うことがあります。夜になり、冴えた空の星々を眺めていますと、心がすっと落ち着きます。お元気でお過ごし下さいますように。どうかごきげんよう

  

                                                                             清月  

 

 

道頓堀川 (新潮文庫)

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