花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【49-2】『月光の東 』 宮本 輝著 《その二・『美須寿』の未来 》

宮本 輝 さま

桜の木々を見る度、日本の土壌は豊かで、枝の先まで花をつける力があることに驚きを感じております。自宅の横を走る六甲山グリーンベルトには、山桜と山つつじが同時に咲き始めました。横から眺めると、薄桃色のラインがとても綺麗です。今日は『月光の東』の二通目のお便りを致します。

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 『夫』を喪った報を受けた時、妻『美須寿』の心は、きっとこの写真のようだったと感じます。満開の時を迎えているのに、一人うなだれたまま、月明かりに照らされています。心に描いていた写真が急に目の前に現れ、不思議な気持ちでお借り致しました。

『よねか』と『カラチ』のホテルに同宿して、別れた五日後に『加古』は、死を選んでしまいます。でも『加古』の自殺は、原因がひとつだけではないと感じます。周りの期待に沿う自分を保ち続けることへの、積もり積もった疲れや、内在していた孤独感がそうさせたのかも知れません。いずれにしても『夫の自殺』に「女の影」があった事は、妻『美須寿』を『錯乱』の底に突き落としました。このままでは『蛇の生殺し』のようだと感じています。答えの出ない謎は、心から力を奪ってゆき、新たな出発を阻みます。何故なら、疑心や憎悪の淀む心は、他人の言葉を受け入れられないからです。『美須寿』が、日記に嘘は書かず、自分をさらけ出す事で「淀みの抜けた状態」になろうとしたのは苦しい作業だったでしょう。      「決着」を付ける為に、夫のそばにいた「謎の女」の後姿を追い続ける『美須寿』の心は、優しい『叔父・唐津』と『主治医・安部先生』の言葉で救われてゆきます。その処方箋は…《 疲れたら休む、いつも楽天的である。愚痴を言える相手を持つ。大きな声で「そんな自分が大好き」と叫ぶ 》

その結果、『自分も辛いけれど、息子や娘は、思春期を迎え、どんなに心を痛めているだろう、しっかり守らなければならない』この思いに至ります。とても長い時を要しました。

幼少期から『妹』に両親の愛情を譲って生きてきた『よねか』は、男たちの愛を繋ぎ止めることに命がけで、女の魅力を本能的に弄してしまったのでしょう。蠱惑的な悪女と思われても仕方ありません。比して『美須寿』は、環境にも恵まれ、お金持ちの叔父『唐津』に労られ、求めずとも先に愛されていた。これまで、夫の『不倫や泣き上戸』にも気づけなかったのは、愛情への枯渇感がなかった故なのかも知れません。被害者意識の中、日記を『書き続けることは、それ自体が考えること』であったのです。そして、自分がこんな苦しみを受けるのは、独身の頃『妻子ある男』と関係していたことの『因果応報』だろうか…そう思えるほど被害者意識は薄らいでゆきました。

『よねか』の後ろ姿を追い続けて『美須寿』が、やっと辿り着いた境地には、明るい月が浮かび上がってゆくだろうと思います。未来への出発点を見出した『美須寿』にとって『月光の東』とは「月の沈む処」ではなく「太陽の昇る処」になったのです。記憶から消せない月はあっても、春の夜風に気持ちよく揺れている桜が、今の『美須寿』には、とても似合うように感じましたので、写真をもう一枚お借りしてお届け致します。

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 随分前に、貴方様の親友で主治医の「G先生」の御自宅が、我が家のすぐご近所という事がわかりました。G先生のご家族も、きっとグリーンベルトの山桜や、近所の桜のトンネルをご覧になっていますね。少し嬉しく思いました。花冷えが続いております。ご自愛くださいますように。どうかごきげんよう

 

                                                                           清 月  蓮

 

 

月光の東 (新潮文庫)

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