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花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

『小旗』宮本 輝 著  『星々の悲しみ』に収録

宮本 輝 さま

物憂い春の光が射しますと、他の季節より遠い昔が蘇る気が致します。吹き出したばかりの新芽に命の息吹を感じます。いかがお過ごしでおられますか。春はお父様を亡くされた季節。私も同じ時期に父を見送りました。その日、火葬場への道には細いせせらぎの横に蓮華草や芝桜がどこまでも続き、父を見送ってくれました。今日は途中だった短編集『星々の悲しみ』の中の『小旗』を読みましたのでお便り致します。

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 この写真は『父』を亡くした『息子』と『母』が、病院近くの土手で話している時、そばに咲いていた蓮華草です。私にとっても、蓮華草は幼い頃を思い出させてくれる懐かしい花です。昔は、探さなくてもすぐ近くに、桃色の田んぼが広がっていました。そんな頃を思い出させて頂いたこの写真をお借り致しました。

テレビで野生動物の番組を観ていたことがありました。強くて逞しい百獣の王ライオンは、一頭の雄が、数頭の牝とその子供達の群れを引き連れていました。実際に狩りをするのは牝でしたが、その雄々しい姿で敵の攻撃を見張り、たてがみを揺らして周りを威嚇しています。でも、やがて年とったライオンは、体の艶も無くなり、たてがみも所々抜け落ちてゆきます。そして、新しい若い雄にその座を奪われ、だだ静かに何処へともなく寂しく去ってゆきます。その姿は、何故かこの中の『父』と重なりました。

若い頃、勢いがあり、生気に満ちて世間でも実力を誇っていた男。その男が年をとり、経済力も無くなり、運にも見放されてゆく姿は、とても憐れです。自分の『父』のそんな姿は、そばでみているのも辛く、出来れば現実から離れてしまいたくなります。短編『小旗』はご自身のお父上の事を小説にされているのでしょう。読む方も辛いですが、書かれているご本人もどんなにかお辛かっただろうと思います。

『父』が亡くなった日にそばの蓮華草を見ながら『母』と『息子』は『父』の不思議な死を思っています。この時、現実を見つめながら、どこか遠くで起こったことのように感じていたのでしょうか。『父』はこの世からいなくなったのに、二人が座っている場所には、蓮華草がいつもの年と変わらず咲いている。そのことが悲しく不思議に嬉しくもあります。残された者は、それでも懸命に前を向いて生きてゆくしかありません。

『二人』が座っている側で、精神病院の患者達が、朗らかに話しながら歩いています。愛する人を亡くしても、たとえどんなことが起ころうと、彼らはきっと目の前にある仕事、人の嫌がる仕事であっても、懸命にそれに徹していることでしょう。道端で『小旗』を振り続ける彼のように。蓮華草の変わらぬ美しさとその『小旗』を懸命に振る姿。それを目にした時、安らぎに似た思いが、空の青さと溶け合って『父』の死を見送れたのだろうと感じました。

この作品を読んで、自身の父を思い出しました。カメラが好きで、オシャレで、絵を描いたり木彫りをしたりしていた人でしたが、晩年はただ「おおきになぁ、悪いなぁ」が口癖の老人になってしまいました。火葬が終わるまでの時間、父の人生はどんなだったのかと考えておりました。青春を戦争に奪われ、帰ってからは一家を支え、でもサラリーマンが嫌いで、よく会社をズル休みしていた事を思い出しました。この作品を読めば、どなたでもこんな風 に自分の「父」を思い出させて頂けるだろうと思う作品でした。

二階のベランダの上にまで、何処からか風に乗って沢山の桜の花びらが広がっています。車庫には、花びらに包まれた愛車が待っていてくれ、とても幸せに感じます。こうして散り落ちて後も、人を幸福にできる桜はやはり格別の花です。貴方さまにとっても『お父様』は、きっとそういう存在であられたと思います。この季節をお楽しみくださいますように。どうかごきげんよう

 

                                                                       清 月    蓮

 

 

星々の悲しみ (文春文庫)

星々の悲しみ (文春文庫)