花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【53】『私たちが好きだったこと』  宮本  輝 著

宮本 輝 さま

ゴールデンウィークも終わり、休みを楽しんだ人も仕事に追われた人も、日常を取り戻しました。日本がこうして平和である事が本当に大切に思います。今日は『私たちが好きだったこと』を読み終わりましたのでお便り致します。

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 チューリップたちは太陽に向かって精いっぱい花弁を開き、全てを自分の中に受け入れようとしています。昼間を明るく過ごし、夜には花弁を閉じて、更に明日への力を溜めているかに見えるこの時期の花たちに、逞しさを感じましたのでお借り致しました。

この物語は映画化されているそうですが、未だ観ておりません。新鮮な現代風の配役もいいなァ、今なら…と夢想しておりました。『ロバ君』はあの人『愛子』はあの女優さん『曜子』は…と決めていきましたが、肝心の『与志くん』が決まりません。個性が強過ぎても、ワイルド過ぎても、美し過ぎても、甘過ぎてもピッタリきません。こうして、勝手な夢想と共に読んでいましたら、とうとう十四章がきてしまいました。ここを『凌いで』静かに読み進めるには結構な精神力が要りました。この物語は、恋人だと信じていた相手と、うまく結ばれなかった物語として読みました。結ばれる以上に意義を見出した賢い人、もしくは尊い使命を貫いた二人のお話かも知れません。

『与志くん』は、懸命に『愛子』の為に学費を工面したり、『不安神経症』の発作に備えて、通学の送り迎えまでして、恋人としても良好に見えたのに、ある時期に『愛子』は『与志くん』より経済力のある医者のもとへ去ってしまうのです。その事が決定的になった時の『与志くん』の落胆や、疎外感や、孤独や、寂しさは、どれ程だったかと思うと、やり切れなさでいっぱいになります。

一度も人の期待や思いを裏切らず生きてきた人はいないでしょう。知らずに人を切り捨てていたりする事もあります。しかし身近な人が実際に容赦のない裏切りにあったらどうでしょう。数年前、息子から、一番の信頼をおいていた友に、裏切られたと言うしかないと打ち明け話を聞かされました。その時は、どう頑張って考えてみても、悔しさと情けなさに襲われ、可哀想で仕方ありませんでした。はっきり相手を憎んだと思います。『ひでぇことしやがる』…けれど、時間が経ってみると、相手にも相当な理由があった筈ですし、息子にも至らないところがあったのだろうと思えるようになりました。それより何より、この裏切りがもたらした力が、少しは息子を強く育ててくれたように思います。何故なら「母ちゃん、俺はサ、全てを受け入れてやり直してみるよ」そう言ったからです。

『与志くん』も、今では微笑みながら、自分の心根が綺麗で、人の為に何かをしたかった純粋な頃の自分を、とても愛おしく感じているようです。『愛子』も無事に医師免許を取得して『アフリカ難民医師団』に参加します。二人の間の『エレベーターの行き違い』は、偶然ではなく、何らかの結ばれ得ない理由の、必然の結果だったのかも知れません。何かを懸命にしている人や、人の為にお金を遣う事など、暑苦しいだけで、めんどくさい。関わると損害を被るか、自分のための時間も邪魔されます。そんな人も大勢いる中で、この物語は、確かな清涼感をもたらしてくれました。胸の内に涼しい風が吹き抜け、溜まった血栓を見事に洗い流してくれたように感じたのです。そして、最後まで読み終わった途端『与志くん』にピッタリだと思う男優さんが、急に目の前に浮かんできました。

近頃、出かけようとしますと、黄砂が車のフロントガラスを覆っていて、水で洗わなければ危険な程です。洗濯物も外には干せません。海の向こうからの黄砂は、ゴビ砂漠タクラマカン砂漠からもやって来ているのでしょうか。地球の砂漠化がこれ以上進まなければ良いのにと願っております。春の雨はありがたいですね。またお便り致します。どうかごきげんよう

 

                                                                      清 月  蓮