花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【57】『三十光年の星たち』上下巻  宮 本  輝 著

宮 本  輝 さま

お元気のことと思います。六月に入りますと、もう少しで軽井沢に行かれることを思い出し、少し寂しい気が致します。お仕事の効率を考えますと、喜ぶべきことですが。今日は『三十光年の星たち』を読みましたのでお便り致します。

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 曇り空の下で揺れながら咲く赤い花は、このお話に出てくる若い人たちのように見えます。ここには、戦後に夫や兄弟を亡くし、苦しい中で子供を守る為に頑張り通した女たちもいます。彼らは少しの手助けを受けた事で、暗い空に負けず明るく輝いているように感じてお借り致しました。

この物語には、『7時間かかるスープ』『アンティークの時計』『二千年前の蓮の種』『四十六年間毎日続けた柔道の型』『三十数年間に結ばれた連帯の輪』『久美浜に植えられた百年後の森』『何十年も極め続けた染色の技』…こんな途轍もない時間が示されています。その壮大さを思いますと、不思議なのですが、今起こっているつまらないことなど、何も気にならなくなります。『虎雄』がされたような、たとえ認められなくとも無視され続けようとも、そんな事はなんでもありません。ただひたすら今やるべきことに忠実に真っ直ぐ歩くだけです。その向こうにあるものなど今は考えまい。ともかくやってみるだけだと強く思わせて頂けました。強い人になりたければこの物語は優しい支えになってくれます。

この小説は7年前に毎日新聞に連載され、その後新潮社から上下二巻で発売されました。時代も携帯電話やナビが現れ、愉しみながら静かな気分でページが進みました。最初に読んだ時には『佐伯』を恐れながらも心の中で反発ばかりしている『仁志』の様子がおかしくて笑いながら読んでおりました。ですが、途中から、そんな気持ちが『仁志』を通して、次第に姿勢を正すように変わり、物語にこめられた課題に浸ってゆきました。

封建時代の主従関係でもなく、教師と生徒の関係でもない『佐伯』と『仁志』の間に流れる「気持ち」について考えてみました。そこには「師弟関係」と言うに相応しい感情の流れが見える気がします。師である『佐伯』が弟子を見抜くところから始まりますが、その眼力はどこに視点があったのでしょう。『仁志』は次々仕事も変え、経済的にも最悪であったのに『佐伯』が自分の思いの全てを託す程の何があったのかと考えますと『仁志』は、どこまでも正直で自分を飾ることなど微塵もなく『佐伯』の前であくまで裸になっていたのだろうと思います。それが75歳の『佐伯』にはかけがえのない資質だとわかったのです。彼は正直であるばかりではなく、様々なバイトで覚えたり考えたりしたことをしっかり身につけていました。ひとつひとつをいい加減には向き合っていなかった証拠です。それは彼の『父親』が唱え続けた『国家免許をとれ』と言う提言より何十倍も彼を育てていました。

『老プレス工』の言葉も出てきます。『場数を踏め。動け。口を動かすのは体を動かしてからにしろ。数をこなせ。そうすれば自然に体で覚えていく。体で覚えたものは何にでも応用がきく』

題名の『三十光年…』は何故三十年ではなかったのでしょう。作中にも三十年で仕事はできるとありますが、「仕事ができるようになってからが本当の勝負」なのだともあります。そこには最初に書いた通り、地球的時間軸では測れない宇宙のどこかに向かって生きていると考えれば、目先の悔しさや沽券や見栄は埃のようなものだと言われているように思いました。そして最終章に出てくる『三人の師弟関係』は、尊い思いを受け継ぐある方々を私に思い浮かべさせて頂けました。

日が長くなりました。夕方、食事の準備をしてから散歩に出かけます。西陽に照らされますが、今日も一日無事に乗り切れた充実感で、早足で歩けます。随分脚力がついたように思います。お暇が出来ましたら、たまにはラウンドをお楽しみくださいませ。またお便り致します。どうかごきげんよう

 

                                                                        清 月   蓮