花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【58】『骸骨ビルの庭』 上下巻    宮本  輝 著

真夏のような暑さが続きました。今年は梅雨入りしてから雨が少なくて、湿度が恋しくおもっております。今日は『骸骨ビルの庭』を読みましたのでお便り致します。

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 『骸骨ビル』と聞きますと、寂れて壊れかけた建物が浮かびますが、『英国人が設計した堅牢なビルヂング』で、空襲を奇跡的に免れました。アンテナが四方に出ていたからか、このビルから出てくる子供達が、骸骨のように痩せていたからか、この呼び名がつきました。正しい名称は『杉山ビルヂング』です。この写真に建築物の醸し出す重厚感を感じましたのでお借り致しました。

戦後のお話です。大阪十三で『戦災孤児』や、生活の苦しさから捨てられた『棄迷児』たち29名が この『骸骨ビルの庭』で育てられました。『阿部』と『茂木』の死に物狂いの懸命な努力によって、無事社会人になるまで生き抜いたのです。政府の補助も受けず借金を重ねての生活でした。ですから、庭に作られた野菜畑は、食べる糧を得る為の命懸けの戦いの場です。本の題名が『骸骨ビルの庭』なのはその為 なのでしょう。

『阿部』は、自分を偽善者だと決めつけた役人『M』への意地から『戦災孤児』を自力で育てる決意をします。肺を患っていた『茂木』を救いたい気持ちがそこに絡まり本気になってゆきました。 自己の生活は捨てざるを得ず、生涯独身で通し、孤児たちの養育に心血を注ぎ続けました。ですが月日の経過の後、育てた『夏美』の『嘘』により、マスコミに叩かれ、汚名を着せられ、不遇の内に死んだのです。

世の中は面白い方に傾き、誰かを悪党にして溜飲を下げます。最後まで『夏美』は自分の『嘘』を認めませんでした。キリストを裏切ったユダや釈迦に背いた提婆達多のようです。小さい頃 、人に褒められようとして良い事をしたり、わざと辛い仕事を引き受けている子供は、長じてどんな人間に育つかは、ひとつの判断の基準になります。元来、子供は楽しいことが好きで、嫌な仕事はやりたくないものです。『夏美』と『チャッピー』は正にそんな子供でした。二人の心の底には、恩ある人に『嫉妬』する感情と、期待に添って生きられなかった自分への恥辱に勝てない人間の姿がありました。

『嫉妬』は人のもつ最大の凶器です。この本に前後して「嫉妬の時代」《岸田秀著》を読みましたが、嫉妬の解剖図みたいなものを見た気がします。その抗し難さは、『嫉妬』の相手が立派であればあるほど、その心が抑えられなくなる人間の哀しい性です。絶えずその事を肝に命じておかなくてはなりません。人生の全てを誤らせるほどの威力をもつからです。

ビルを明け渡さなければならなくなった日に『茂木』から成人した『孤児』たちに手渡されたものは、彼らが子供の頃に描かせた『父と母の絵』と『阿部』がノートに書き続けた孤児たちの『幸せを願う膨大な祈りの言葉』が書かれたノートの写しでした。育った『骸骨ビル』に立ち、彼らは亡くなった筈の『阿部』の『存在』を全身で受け止めたのです。

『…優れた師を持たない人生には無為な徒労が待っている。なぜなら、絶えず揺れ動く我儘で横着で傲慢な 我が心を師とするしかないからだ』      戦後の最も劣悪な環境で他者のために出来る限りのことをした『阿部』に対する『報恩』は 、孤児たちの心と体に『魂魄』(こんぱく)を植え付け、たとえ何処にいようと、何をしていようと「誰かのために生きる」ことこそ使命だと刻みつけたのです。それは『阿部』を師として育ったからに他なりません。そんな物語として読み終えました。

近頃降る激しい雨ではなく、シトシト静かな雨が好きです。紫陽花がそんな雨に打たれながら花首を少しうつ向けて思案顔なのが美しいですね。今年も『慰霊の日』がやって来ました。戦争に対する無知は罪だと思います。知らない間に戦争に巻き込まれどうすることもできなくなる前に、一人一人が考えなければなりません。人の心の乱れは言葉に現れ、罵声が飛び、言いっ放しの目立つ世の中は本当に危険だと感じています。ご自愛くださいませ。どうかごきげんよう

 

                                                                      清 月    蓮

 

 

骸骨ビルの庭(上) (講談社文庫)

骸骨ビルの庭(上) (講談社文庫)

 

 

 

骸骨ビルの庭(下) (講談社文庫)

骸骨ビルの庭(下) (講談社文庫)