花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【63】『オレンジの壺』 宮本  輝 著     上下巻

宮本  輝 さま

やっと九月に入りました。まだまだ暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでおられますか。八月はお忙しい事と思い、お便りを差し控えておりました。またこうして本が読める事を、嬉しく思っております。今日は『オレンジの壺』を読みましたので、お便り致します。 

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 蓮の季節は移りましたが、余りに美しい写真なので、またお借り致しました。泥の池から次々姿を現わす蓮の花は、この物語の『オレンジの壺』の仲間のようにも見えましたのでお届け致します。

『骸骨ビルの庭』だけでなく、ここでも戦争にまつわるお話を書いて頂き、とても感謝致しております。人に何かを伝えたいと思う「核」があり、それを物語にできるのが小説の凄いところです。いつもながら謎めいて、早く知りたい気持ちを抑えられません。読み手をおいてきぼりにせず、ぐんぐん物語の中に引っ張ってくださる力こそ、読む愉しみの真骨頂だと思っております。今回のヒロインは美し過ぎることも色っぽくもなく、親近感をもちながら落ち着いて読み終えました。この世で一番呪わしく残酷で何一つ良いところなどない《戦争の歴史》は、途切れる事なく現在まで続いています。何故なんだろうといつも考えます。

『戦争とは個人のエゴイズムが増殖した結果として生じるもののようです。…』登場人物『クロード・アムッセン』が書き送った手紙の形でこう書かれています。そして『個人のエゴイズム。この魔物に、私たちはいつも狂わされてきました。人間は、まだ一度も、自分のエゴイズムを超克したことはないようです…』ともあります。      現在の世界を見回せば至極頷ける言葉です。何か難しい思想、政治、主義、宗教の違いが原因なのかと考えがちですが、どんな場合でも結局突き詰めると、私利我欲にゆき着きます。自分の支持する思想こそ正しくて、他は封じ込めなければ気が済まなかったり、自分の信ずる宗教こそ唯一無二だと他を弾圧しようとするのはエゴイズムです。それに加えて、自分だけ冨み潤えば、人をどんな苦しめても戦争に加担する人達もいます。ですが、それを悲しい事と捉え、諦めるのではなく、もしも人々の心が、他者への愛情に満ちる日がくるなら、戦争を超えられる希望があると理解することもできます。

『オレンジの壺』には、はっきり書かれてはいませんが、世界中に蜘蛛の巣のように張り巡らされた組織…非暴力はもちろん、穏やかな権力への抵抗を誓い、権力の下で非道な扱いを受けている人々の味方になれる『オレンジの壺』のような組織…それを形成できたならば、どんなに素晴らしいでしょう。戦争の排斥はこんな地道な努力によるしかないと気づかせて頂きました。

ですが、現在なお、世界は差別と憎しみに満ち、相対する考えの人々を暴力により抑えつける行動は、ますます心と立場の分断を拡げています。子供達がそれに利用され、自爆テロを強要されるなど、言葉に出来ない悲惨さです。戦争で命からがら逃げて来た人々に対する排他主義は、結局自国をも滅ぼすことにも気づいていません。このような世界情勢を『オレンジの壺』を書かれた43歳にして、早くも見通されていた先見には、こうべを垂れる思いが致しました。世界が平和で、人々が誰もやさしい気持ちをもつ日が来ることを、そして粘り強く共生できる道を探し続ける事を、強く願って止みません。

これから、また平穏なご執筆の日々が続くことをお祈り致しております。秋めいた朝夕に少しほっと致しますが、まだまだ日中は気温が高いようです。ご自愛くださいますように。どうかごきげんよう

 

                                                                    清  月    蓮

 

 

新装版 オレンジの壺(上) (講談社文庫)

新装版 オレンジの壺(上) (講談社文庫)

 

 

 

新装版 オレンジの壺(下) (講談社文庫)

新装版 オレンジの壺(下) (講談社文庫)