花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【64】『にぎやかな天地』宮 本  輝 著  上下巻

宮 本  輝 さま

お変わりなくお過ごしのことと思います。暑いと文句を言っておりましたが、秋めいてきますと、毎年のことながら急に心細くなります。寒いのは大の苦手なので、もう少しの間この気候が続いて欲しいものです。今日は『にぎやかな天地』を読み終えましたのでお便り致します。

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 涼しげな立山連峰の写真をお借りすることに致しました。この美しい田園からは、御著書『田園発港行き自転車』の明るい幸せな物語が浮かびあがります。山々は遠く何万年もの歳月を、こうして動じる事なくそこに在ります。富山の街は山々に見護られ、街の人々は沢山の恩恵を受けておられます。長い年月が育んだ目に見えない物も含めた命の波動は、山々の至る所から立ち昇り、発酵したり熟成したりしているのを想像できるこの写真をお借り致しました。

ここでは『発酵食品』が縦糸となり、主人公『聖司』が、勇気を振り絞り自分の道を定めてゆく過程において、考えたり迷ったりしながら決意を深めてゆく物語が描かれています。縦糸について書きますと文面が長くなりますので、中に沈められた自分なりに感じた「核」について書いてみたいと思います。

それは『時間』の為す、科学でも解き得ない天の、もしくは宇宙の『方程式』だろうと思っています。目には見えずとも最後のシーンで『聖司』が聴いた水のしたたりのような『音』こそ、その存在を信じ得る証だと感じています。目に見えるものしか信じられないとすれば、現代の私たちは今ある糠漬けも、鰹節も醤油や酢や味噌も享受できなかったでしょう。

この中にこんな言葉が出てきます。『天佑』…漢字二文字ですが、両方とも目には見えません。『天』とはどこにあり『佑』とはどのような現象でしょうか。

文字の理解は「天が助ける」との意味ですが 、ではどうやって…と疑問が湧きます。これは『聖司』が『祖母』から聞かされ続けていた言葉で、『人間の力ではもうどうにもこうにもならなくなったときにあらわれる天の助け』との意味です。人が懸命に考え、腹を据えて決意すると、そこに『天佑』が生じ、道を拓かせてくれる事は、実際に経験した人間にしかわかりません。『聖司』はこの物語の中で、本気で『豪華本』の制作に未来を託すと決意した途端、次々仕事が舞い込む事でそれを実感しました。もし、自分も本気で知りたいと思うなら、京都『三十三間堂』に赴き、あまたの『菩薩や風神、雷神』の前に佇んでみるのも良いだろうと思い、近々には訪ねてみたいです。私に何を語ってくれるかは 、決意の深さに因るのだろうと思っています。

決意には『勇気』が要ります。『えいや!』と自分に掛け声をかけて、組し易い『保険』を手放さなければなりません。そんな時、一番邪魔になるのは『嫉妬』という怪物です。『ねたみ、そねみ、やっかみの気持ち…』それを追い払うにはどうすればいいのでしょう。それは 、そんなものが入り込まない位の大きな愛情を胸に溢れさせる事だと思います。目に見えないものが自分を護ってくれていると信じられるなら、人のことを妬んだりしようにも、できないものだろうと思います。嫉妬が入り込む隙間が無いように隣の人々、縁した方々を愛して暮らすこと。そんなことを物語を読みながら深く感じました。

夏のお疲れが出ませんようお祈り致しております。世界が平和になり 、戦いが静まり 、目に見えないもの達が、にぎやかに私たちの周りに息づいていてくれるようお祈りしております。どうかごきげんよう

 

                                                                          清 月   蓮

 

 

にぎやかな天地(上) (講談社文庫)

にぎやかな天地(上) (講談社文庫)

 

 

 

にぎやかな天地(下) (講談社文庫)

にぎやかな天地(下) (講談社文庫)