花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【70】『 三千枚の金貨』宮 本 輝 著 《上・下卷》

宮 本 輝さま
お元気でおられることと思います。富士山もすっかり雪化粧を見せているそうです。神奈川に住んでおりました頃は、ベランダから冬の富士山を眺めながら洗濯物を干しておりました。富士山の冠雪は日本の冬がとうとうやってきたことを知らせています。今日は『三千枚の金貨』を読みましたのでお便り致します。

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写真は、この物語の最後の場面に現れた『桜の古木』のイメージです。和歌山県の山里に育った桜は、その枝に歴史を刻みつけ、見る人の心を鎮めてくれるような気が致しましたのでお借りしました。
読み始めからずっと「ああ、このお話は大人の男の人達の繰り出すおとぎ話なんだなぁ」と思いながら読みました。何故なら、『光生』の仕事先の仲間達は、みんな気の合う賢くて道理をわきまえた人ばかりです。そして『三千枚の金貨』が埋められているとのお話の展開も、男の人達が少年期に大好きだった宝島への冒険のようです。おまけに宝探しに参加した紅一点の『沙都』は、極め付けの美人です。しかも元看護師で白衣の天使のイメージを醸しつつ、今は居心地の良いバーのオーナーです。『テキパキ』仕事をこなし、気が利いていて、賢く明るいのです。
また、多くの男の人が一度位は、はまり込む「ゴルフへの熱病」も、こと細かく書かれています。女の私でさえ、ゴルフに夢中の時期には、練習から帰ると直ぐに仲間に電話して「今日、開眼したんよ!」とその日の発見を、いち早く誰かに話したくなったものです。それは自分で名付けた「アンブレラの原理」でした。傘の留め金を外して、クルッと回して広げるように身体の芯を動かさず背骨だけを回す…という動きを思い浮かべて「これこそ極意」と思っりしました。このように、ゴルフには、どういう訳か人に自分の秘密の発見を話してみたくなるものです。ですからご執筆中のこの時期に、ゴルフに夢中であられたのがよく伝わってきました。また、一度くらい多くの人が興味をもって『蕎麦』を自分で打とうと思い立ち、麺棒や木鉢を買ったりもします。私も持っております。つまり、この物語には、大人がやってみたくなるような楽しくて、なのに真剣に取り組みたくなるような事が、まるでおもちゃ箱の中からのように、次々と出てくるのです。
でもそこだけで終わるはずはありません。この中には『待つ』という事の大切な意味が出てきます。せっかく確信と歓喜に包まれ、苦労の末に『三千枚の金貨』が埋められている場所を見つけたにもかかわらず、彼らは『二十年間』そこを掘らずにおこうと意見が一致するのです。山里に民家を買い、軽自動車を備え、布団も準備して、みんなの「安らぎの場所」にしようと決めるのです。途中でどんな事が起ころうと、死ぬほどお金に困ろうと、この取り決めを破るようなら、きっと自分たちは「本当の大人の男」にはなれないだろうと考えるのです。何故なら、それは欲望を抑え込み、辛抱の年月を重ねることになるからです。
考えてみますと、お金で手に入れることのできない「安らぎ」と仲間への揺るがぬ「信頼」と、楽しみに輝く未来への「希望」とは、物質的に豊かな事になど比べようもなく、大きな幸福に包まれるだろうという実感は、歳を重ねるごとに深まってゆきます。本当の幸福を知る為に『待つ』事の大切な意味を教えて頂けた一冊でした。
長雨の後は、続けて台風に襲われた日本列島ですが、家や家族を災害で失った人々もおられます。政府のお金の遣い方、自治体の素早い対応が望まれます。誰もが安心して国を信頼し、未来に希望の持てる国にしてゆかねばなりません。お身体、ご自愛くださいませ。どうかごきげんよう

                             清月蓮