花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

『海岸列車』宮 本  輝 著  《 上・下 卷  》

宮  本  輝 さま

一雨一度の言葉通り、雨の後は気温が少しづつ低くなっております。いかがお過ごしでおられますか。初冬の雨はとても寂しいですが、その分、晴れ渡りますと突き抜けるような青空が、とても清々しいように感じます。今日は『海岸列車』を読みましたのでお便り致します。

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 お正月まであと数日の『山陰地方』には、この写真のように雪が舞っていたかもしれません。『城崎』から『浜坂』までの各駅に停車する列車は『陸離』と『かおり』の出会いの場所です。この写真は以前から記憶に残る大好きな写真でしたのでここにお借りすることに致しました。

『戸倉陸離』について。彼は幼い頃、両親を喪い、文字通り苦学の末に『国際弁護士』への道を歩みました。彼の人間性の素晴らしさは、この物語の中に溢れています。彼が学生時代にアメリカに留学した時『ボウ・ザワナ』や『デナニ』に出会えたのは、彼の人間性が引き寄せた「必然」のように思います。そこから『周 長徳』へと繋がり、『アフリカ』への挑戦へと向かわせたのです。

この物語は『戸倉陸離』の生い立ちから『かおり』への気持ちの整理の仕方を通じて、ひとりの「理想的な人間」の姿が描かれています。『光彩陸離』が表すように、彼は眩いばかりに光り輝き、心正しい、美しい人として生きているのです。      世の中には、不道徳で非条理な出来事が蔓延して、何が人の道なのか、何が一番大切なのかなど、どこ吹く風の現実です。でも、この物語を通して、こんな男がいて、こんな風に自分を律して、もがきながら不可能に挑む姿を描かれ、人の生き方に、喝とエールを同時に送られたように感じています。 

  日本には、親の全面支援で大学に通い、運良く入れた企業で、なるべく苦労せず、結果だけは期待する人たちもいます。何が自分にとって得で、どうすれば人より豊かに暮らせて、なるべくなら美人の妻を娶り、人より多い収入を目指して、他人をかき分け、時に足を引っ張る人もいます。それらの心の隙間に忍び寄るのは、自分さえ良ければいいという我欲です。そんな人たちの胸ぐらを掴むような言葉が出ています。

『私利私欲を憎め。私利私欲のための権力と、それを為さんとする者たちと闘え』

『ボウ・ザワナ』が死力を尽くして彫った『ペーパーナイフ』の柄にあった言葉は『陸離』を動かし、たった二度しか会ったことのない『かおり』の兄『夏彦』を引寄せていきます。

『夏彦』は、母親に捨てられたキズをどうすることも出来ず、育ての親も信じられず、年上の裕福な女『澄子』のヒモとして生きていました。現実を真っ向から見ることを拒み『享楽的で無思想』の波に漂っていたのです。それはトンネルばかりの『海岸列車』に揺られ、トンネルの暗さに目を閉じて、気づかぬふりをしていた私たち日本人そのものの姿なのです。そこからどう闘い、現実へ挑むかは、読む人ひとりひとりの覚悟以外にない事を、ここに突きつけられるのです。

文学に向かおうとする時、読み手は自分の経験した事象から、感じたり思考を深めてゆくしかありません。受け身では読めないのです。『海岸列車』は

その顕著な物語のように思いました。

世界は目まぐるしく変動してゆき、悲しいニュースばかりが目についてしまいます。心を平常に保つのは大変ですが、懸命に目の前にあることを積み重ねる他はないと思っております。またお便り致します。お元気でお暮らしくださいませ。どうかごきげんよう

 

                                                                 清  月    蓮

 

 

海岸列車 (上) (集英社文庫)

海岸列車 (上) (集英社文庫)

 

 

 

海岸列車 (下) (集英社文庫)

海岸列車 (下) (集英社文庫)