花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【74】『青が 散る』宮本 輝 著   《上・下巻》

 宮 本  輝 さま 

明けましておめでとうございます。いかがお過ごしでおられますか。ご家族で穏やかなお正月を迎えられたことと思います。今年もどうかよろしくお願い致します。今日は、私にとって運命の作品『青が 散る』を読みました。『青が散る』は私が初めて『宮本輝』さんの文学に触れた作品で、その頃、学生時代の友人が、テニスに夢中になっていた私に「読んでみて」と薦めてくれたのです。 f:id:m385030:20180101075855j:plain

 この題名通り、写真は青の世界です。木々は、寒風の中で枝を広げ、高い空を見つめています。夜空を包み込む青い光に、思わず射すくめられました。この写真をお借りできて感謝しています。 

未来が見えない故の不安と葛藤を、みなぎる力強さを感じながら読ませて頂きました。初めて出会ったこの物語に、これほど陶酔する事がなければ『宮本輝』という作家を、半世紀近く追い続けることはなかったでしょう。 

見えないものに対峙する時、到達できるかどうか、わからない道をがむしゃらに走っている時、若者は不安と同時に、得体の知れないエネルギーを発しています。川の流れの飛沫に似て、それは周りに飛び散ります。この時代にしか出せない汗の粒を煌めかせながら、青春は否応なく流れます。 

この作品の時代、大学は学生運動の荒波に揉まれ、シュプレヒコールが聞こえない日はない位でした。『あとがき』を読んでおりますと、受験の日さえ、大学の構内で受験生に向かって、ヘルメット姿の若者が、大声で喚き散らしていましたし、通学の最寄り駅では、夏でも『学ラン姿』で大声で叫んでいた『応援団』を見た事を思い出したり致しました。 

この中に登場するのは、そんな時代でも、周りに翻弄されず、自分の未来と現実を見つめていた若者達です。そして若者は恋をします。 

この時代の恋が狂おしいのは、相手をどれほど愛していても、確かな未来が見えない自信の無さに、告白さえ出来ず、悶々と恋心だけが熟してゆくところです。沸騰してしまった恋の熱は、方向が捻れたまま、肉体の開放へと向かうこともありました。心と肉体の微妙な揺れが、切なく、残酷なのに美しく描かれていたことが、私の心を捉えて離しませんでした。 

『夏子』も『裕子』も若さ故の性の魔力に勝てません。『裕子』が、結婚後、学生時代からずっともち続けていた自分の気持ちを『燎平』に打ち明け、身体を投げ出した『ラブホテル』の床の『絨毯』に、何故『椿の模様』の描写があったのでしょう。それは20歳の若さで自分の恋を潔く諦めたつもりの『裕子』は、まだ紅く綺麗なままで、結婚に踏み切り、恋心を散らせたのです。それは綺麗なままで地面に落ちる『椿の花』の悲しみだと気づきます。   また『夏子』は、理性では自分の恋が理不尽だと解っていても、恋と信じた相手への、肉体の誘いに勝てなかったのでしょう。『夏子』の美しすぎる故の悲しみを感じます。どちらの恋も青春を駆け抜け、それぞれに散ってゆきました。 

二人の息子達の大学が決まり、家を出て行く時『春の夢』とこの物語を荷物にそっと入れました。二人の青春はこんな風に一途に何かを目指したり、烈しい恋もして欲しかったのです。 

今年こそ世界が平和に近づいてくれることを強く願っております。魔法のような方法など無く、毎日書き続けておられる一文字一文字のように、絶えず語りかけ、対話を重ねる以外方法はありません。人の心にやさしさが降り積もりますよう願うばかりです。お身体ご自愛くださいますように。どうかごきげんよう                                                                     

                   清  月     蓮