花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【79-4】『流転の海』全9巻 (その4 ) {1~9巻のテーマ別  読後感を記載 }

宮本 輝 さま

 謹啓

『流転の海』の登場人物の現れ方の、自然な流れの妙には絶えず驚かされます。この写真の、色づいた沢山の紅葉を「登場人物」と見立てますと、こんなに沢山の人々が登場したのです。『熊吾』の家族は勿論の事、無二の親友『周 栄文』その『妻と娘』  商売の助っ人運送屋の『丸尾 千代麿』   昔ながらの商売仲間『井草 正乃助』『海老原 太一』『柳田 元雄』『河内 善助』そして、戦後の闇市で遭遇した『辻堂 忠』    なんとも色っぽい幾人もの『女たち』     熊吾の家族を救った『筒井医師』『小谷医師』    舶来の粉ミルクと『哺乳瓶』を探してくれた『木戸 久光』   人として器の大きい『和田 茂十』…書ききれない多くの人々…

こんな中『野の春』まで読みますと『丸尾  千代麿』と『辻堂 忠』の2人にスポットを当ててみたくなりました。二人は、両極端な要素を持っています。学歴、容姿、行動においてです。『熊吾』とは、2人とも血の繋がりもなく人生の途中で出会い、ある時期は離れて暮らします。どうしても『辻堂 忠』に肩入れしたくなります。帝大出のエリートで、きっと背も高く鼻も高く、冷静で仕事もこなせる人だと思えるからです。『熊吾』の強い戦力になると思うと嬉しくなりました。愛していた妻子を『原爆』により殺された事で、自分を責める彼にも同情心が湧きました。一方『丸尾  千代麿』は、名前こそ高貴ですが、ご面相は期待できません。言葉遣いも、丸出しの庶民派です。おまけに『妻以外の女』との間に子供まで作ってしまいます。

そして時は流れました。

2人はどうなったでしょう。『どんでん返し』とはこの事です。『丸尾 千代麿』は最後の最後まで『熊吾』を信じ、戦後の仕事のない時に助けられた『恩』を忘れず、何より『熊吾』が好きでした。そして『血の通った子』も『そうでない子』も、分け隔てなく育てます。彼の『妻』は悩んだ末に、大きな心で全てを受け入れ、骨惜しみせずによく働く人でした。   

 翻って『辻堂 忠』は、美人で財閥の娘『亜矢子』との、純粋とは言い難い関係を、再婚後までも続けていたのです。思えば彼は『熊吾』の口利きで『大きな証券会社』に就職しました。その時、感謝の言葉を述べる彼に『熊吾』は言いました。『約束じゃ。わしが死んだら、伸仁を助けてやってくれ、頼んだぞ』         ですが…『熊吾』の我が子への愛情からの『辻堂』との約束は、見事に裏切られる事になりました。祈るような気持ちで『野の春』を読んでいた時『辻堂 忠』の、人としての酷い仕打ちを知ることになり、その事実は火のような痛みをもたらし、棘が突き刺ったようでした。誠実に仕事をこなし『熊吾』を助けた時期もあった人間の「豹変」ぶりが、信じられなかったのです。でも、その時、ひとつのシーンが浮かびました。『戦争中の回想』の場面で『辻堂 忠』は捕らえられた『敵国の兵士の首を撥ねる役目』が、自分に課せられそうになった時、咄嗟の判断でそこから逃げ出し『一番親しかった友の兵士』にその任を押し付けたのです。『辻堂 忠』の心の底の「本性」は、環境が豊かになっても、仕事に成功しようとも、消えてはいなかったのです。

『野の春』に、過去の登場人物が次々と出て来た時、涙が滲んできました。「懐かしい人々」「忘れられない人々」が、最後に私に手を振って笑顔で別れを告げにきてくれたように感じました。

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お借りした写真にある「二本の太い幹」は「恩を忘れない、人を裏切らない人達」と「自分の欲や自尊心の為なら、平気で人を切り捨てたり、裏切ったりできる人達」が、物語の中からこのようにくっきりと甦ってきました。またお便り致します。どうかごきげんよう                                                                                                       謹白

 

                                                                      清   月     蓮