花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【1】『花の降る午後』上・下巻 宮本輝著

宮本輝さま、お元気でおられますか?
『花の降る午後』を読ませて頂きましたので、心に浮かんだことを
お便りにしてみます。

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神戸北野坂に降る花びらは、やはり桜でありますように。
まだ満開にはなっていないのに、海から吹いてくる風に揺れ、誰かの訪れを待ち切れないように、ひとひらづつゆっくりと降っています。

夫『義直』の若すぎる死に直面し、フランス料理店のオーナーとなるしかなかった『典子』の心には、涙に濡れた孤独な夜があったのでしょう。
そう感じましたので、この写真をお借りしました。


この物語は、ただ幸福な気持ちを高めてゆけました。
『典子』の内部で眠っていた性の歓びや、『高見』の才能に救いの手を差し延べたい…そんな思いとが、時をおかず強い衝動となって、驚くほどの素早さで『高見』へと走らせてゆきます。
夫とは1度も感じ得なかった愉楽の頂きはとても烈しく『典子』を誘い、
誰にも止められません。
サスペンスの要素を握る『黄 健明』の存在も、お隣に住む『ブラウン』さんの苦境も、2人の熱い恋を、更に燃え上がらせてくれる見事な発火剤となってくれます。

次の抜粋は、『高見』がボッシュの『愉楽の園』について述べたくだりです。

『あの絵が不思議なのはねェ、絵を見ていない時は、細部どころか、全体の構成までおぼろになってしまうことなんだ。感動も消える。多少の雰囲気だけは、こっちの心に漂っているけど、それは雰囲気にしかすぎない。
だけど、絵の前に立つと、虚ろな雰囲気が、何か人間の生命のすべてであるような気持ちを誘い出す』

『人間の生命のすべて』…それは幸福を願う様々な国の沢山の人々。
あらゆる民族や思想や信仰を超えて、生命が求めている幸福への希求が、人間の生命そのものであると述べられているように思いました。
そして『花の降る午後』を読み終え、宮本輝さんの作品はまさにこのようだと気づくことができました。

この物語に出逢えて、桜の香りに包まれているようです。
またお便り致します。
どうかごきげんよう

 

                                清月蓮