花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【79-9】『流転の海』 全9巻 (その 9 ) { 1~9巻のテーマ別  読後感を記載 }

宮 本  輝  さま

謹啓

この写真は、美しい夕陽が、手前の木の枝に縁取られて、水平線の向こうに落ちてゆく瞬間です。読後感の写真では、いつもお世話になりました。お借りしました一連の写真は、ご苦労されて、時間に追われながら、走ったり、時には、地面に伏せてまでも撮影されたことだろうと思います。にも拘らず、私が使う事を、快く許して頂き、とても感謝しております。そのご好意は、何より、撮影者(ムイカリエンテさん)が 宮本 輝 さんを誰より敬愛されておられるからだと思い至り、お二人に心より感謝申し上げます。それに、思い返しますと『流転の海』の読後感を書き始めて、最初に「朝陽」が、そして最後には、こんなにも美しく焼けた「夕陽」の一枚を頂き、あまりの幸運に、とても嬉しく感じております。

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今日で『流転の海』についてのお便りは、9通目です。

思いつくままメモもとらず書いてしまいました。『野の春』を読み終わった日の安堵感や高揚感を、充分な言葉にする力がなく、書き足らない感はどこまでも残ります。でも今日で締め括る事に致しました。

『人を幸せにしない小説は一篇たりとも書かない』と仰られておられる通り『野の春』を読み終わった時の、私の胸に溢れた幸福感を、言葉には出来ません。書き終えられたご当人こそが、どんなに歓びに溢れ、また大きな達成感を味わっておられたのだろうと想像致します。そして時が過ぎた今は、もう意気軒昂に、次の作品に挑んでおられることでしょう。

37年間という年月は、書き続けられるにはあまりに長く、その間には私生活でも沢山の山や谷を見つめながらのご執筆であっただろうと思います。それを承知で書かせて頂きますと…

読み手だって、この長い時期、どんな事が起ころうと、辛かったり悲しかったりの向こう側に、次の『流転の海』の出版を仄かな光と感じて、日々を過ごしていたのだなぁと思い出されてきます。そしてますます書きにくいのですが…もう最終章を読了してから数ヶ月経っておりますのに、私の中の喪失感というか、もう次は無いのだという、やはり哀しみと言うしか無い感情に心を奪われたままなのも事実です。出版された時期も11月の末で、私の苦手な深い秋と、その中に明らかな、逃れられない冬の気配の感じられる時期でした。マスコミに取り上げられて、多くの方々の『流転の海』完結への賛辞や祝福の言葉がネットにも溢れましたが、私には遠い世界の出来事のように感じました。つまり、見たことのない幸福感にも導き、これまでにない幸福感とは反対の気持ちにも、さらわれてしまった作品なのだろうと思います。

もしかしたら人生では経験した事のない熱さで『熊吾』さんを愛してしまっていたのでしょうか。それとも自分にはどんなにしても到達できない粘り強くて、行動的で美しい『房江』さんに、同性への憧れ以上の愛おしさを感じ続けていたのでしょうか。その内きっとこの哀しみは薄れてゆくに決まっていると信じてはおりますが、物事は一度にドッと来るもので、私生活でもこの数ヶ月には様々な事が起こりました。『流転の海』は「終わっても終わらない」というお言葉に自分を納得させようとしますが、概念や想念と自律神経みたいなものがもたらすものには、やはり明らかな差異があると思います。言葉によって人は救われたり奮起したりするものではありますが、それでも、しょんぼりした気持ちから抜け出せないまま年を超えました。季節はこれから春に向かって進むのでしょう。ですが、街を歩いていても、ネットを眺めていても、それに現実感が全く伴わないこんな状況は、褒められたものではありません。また、無分別に人様にこのような嘆きを吹聴するのは、恥ずべき行為だと思っています。けれども、確かに味わったことのないこの状況も『流転の海』のもたらしたものの一つであったので、敢えてここに書き置く事に致しました。失礼があればどうかお許しくださいませ。最後に『音吉』が丁寧に弔われた『ご遺体』に、心からの祈りを捧げます。お元気でますますご活躍くださいますように。どうかごきげんよう                                                                                       

                                                                                   謹白

                                                       

                                                                       清   月       蓮

 

 

【79-8】『流転の海』 全9巻 (その8 ){ 1~9巻のテーマ別  読後感を記載 }

宮本 輝 さま

謹 啓

先週の続き『宿命』について…

故郷で『血の騒ぎ』を聴くことは、若き日の父の情熱に触れる事であり、父の愛した山河からの物言えぬ伝言だと承知しています。ですが先週、それは「自分の宿命の傾向を知る近道」だと、確かに感じたのは、何より今も浮かぶ私の遠い日の故郷の情景があるからでした。

私の父母の故郷は、奈良市街の外れにありました。細い通りにまで続く測られたような碁盤の目。使われていない火の見櫓が残る古い町並み、格子窓の上にかぶさる低い瓦屋根。   遺産と言う名の沢山の古寺。 駅前には東西に伸びる商店街。そしていつも強気で寂しそうな祖母のほつれ髪。  奈良に行く度、華やかさのない歴史の町のいたるところから、誰かが私に語りかける声が、聴こえるような気がするのです。無意識の領域において、私はこの町からの『父の血の騒ぎ』を聴きながら育ったのだと思うのです。それは決して光り輝くうきうきした感覚ではありませんでした。そういうものは、一生体の真ん中に居座り続けます。でも「朗らかにいる事』の大切さを、宮本輝さんの作品から自分の中に染み込んできて、今では父の故郷の暗さが、寧ろ体の中で別のエネルギーとなっているのを感じています。

 話を『流転の海』に戻します。

『宿命』とは如何なる法則によるものなのか…

その鍵を握る登場人物の名前は『正澄』です。『母・ヨネ』の強い思いが、祈りとなって名付けられた二文字の名前…

《どうか、正しく、濁ることのない澄んだ心》で生きて欲しいと願った理由

は 『正澄 』は、代々《盗癖の宿業》を背負った一族の娘『ヨネ』を母に《ヤクザで人殺し》の『増田伊佐男 』を父として、この世に生まれたからです。 これ以上悪い『宿命』はないくらいです。情にほだされた一夜の結果でしたが、『ヨネ』は、この子を産む訳にはいかない、なんとか堕ろそうと考えました。でも『房江』と『熊吾』に、静かに諭され『正澄』を 真っ当に育てる強い決意をしました。思い半ばで、病いに倒れこそしましたが、その後『正澄』は、善意の塊のような『丸尾千代麿』夫婦の子となり、愛情深く育てられます。

ここまで読んだ時『正澄』は、その後、一体どんな人間になると思うかと、

作者から真摯な問いを、突きつけられている気が致しました。    人間は生みの親からの遺伝や『宿命』に決定的に支配されているのか、それとも、育てた人や、出会った人物の愛情や育った環境により、もって生まれた『宿命』は変えられるのか、という提示について、読み手は本心で、答えなければならない気がしたのです。

親の中にある「種」が子の「実」となるのは因果の当然の法則なのだと思います。ですが「種」があるだけで「実」はなるのでしょうか?      人は不思議な巡り合わせで「縁」ある人と出会うのです。動物は本能の通りに生きますが、『正澄』は『熊吾』と『房江』『千代麿夫婦』に出会ったことにより『宿命』をねじ伏せられたのではないかと思うのです。

 《 宿命の『軌道』を、良い方向に向かって、自分から変えてゆく努力をすることで、修正された『軌道』は、自分の育てた子へと継承される…    》 

 『慈雨の音』の中で『熊吾』はこのような意味の事を呟いています。

たとえ命に悪い『宿命』が刻まれて生まれたとしても、親がその子を懸命に育て、悪業から守り抜いていこうと努力したならば、成長の過程で、悪い『宿命』を断ち切ることができるものと信じます。

いつの日か、成人した『正澄 』が、養父『千代麿』と、明るく愉快な掛け合いのように、笑いながら話す声が聞こえてきそうな気が致します。

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この写真は 『正澄』がこの河の水のように、澄み切った美しい心で生きてゆくことを信じてお借りしました。本格的な寒さに向かいます。またお便り致します。ご自愛下さいませ。どうかごきげんよう

                                                                                   謹 白

 

                                                                      清   月       蓮

 

 

 

 

【79-7】『流転の海』全9巻  (その7){ 1~9巻のテーマ別  読後感を記載 }

宮本  輝 さま

 謹啓

『流転の海』の中に何度か出てくる『宿命』について、繰り返し考えておりました。このテーマは避けて通れません。「運命」という言葉なら、耳慣れております。それは、自分の意志に関係なく突然訪れる、降って湧いたような幸不幸の転機だろうと…

『流転の海』では、何度も『伸仁』は、危機一髪の災難から逃れています。『鳩の糞の大きな塊』が、体の直ぐ横に落ちてきたり『野壺』にはまったり。『熊吾』も倒壊した建物から奇跡のように逃れたり、重いドアに挟まれても、手の指を失わずに済みました。『房江』も自殺する覚悟だったのに、偶然、命を守られます。これらは全て「運命」の仕業だと思っています。 

では『宿命』とはなんでしょう。『運命と宿命』はどう違うのでしょうか。『房江』さんも考えています。『宿命とは命に宿る』と書くのだと…

だとするなら「運命」とは、自分の《外》からくるものであり『宿命』とは、生まれた時に既に自分の《内》に在るものだと考えました。

『宿命』について…

『熊吾』は、『父の故郷』に立ち、山や川や空や風や星を眺めて、故郷の空気を吸い込みながら《血の騒ぎを聴く》のです。 『血の騒ぎ』とは、言葉にできない、溜息や、呻きや、叫びや、願いや、悲鳴や、祈りや、歓喜の歌…のようなもの。深い静かな、体の奥のからの衝動。それこそが『宿命』を掌る正体のように思います。 父母や、もっと前の先祖から受け継がれた《血の騒ぎ》は、それぞれの命の中で育まれながらその姿を現します。幸福に繋がる喜ばしい『宿命』も、そうでない『宿命』も、やはり受け継がれているのです。父母が育った故郷は、自分の『宿命』と向き合い、刻まれた命の傾向を知る場所なのでしょう。

物語の中に、落語『鴻池の犬』が登場します。『伸仁』の落語好きの一場面として描かれています。『3 匹の犬』は、同じ親から同じ時刻に生まれ、一緒に道端に捨てられたのです。体の色は黒、ブチ、白と、三匹三様です。体の色の違いから分かるように生まれた時、既に『宿命』は始まっています。3匹は『宿命』に操られたように生き、しかも1匹は早くに死んでしまいます。同じ親から生まれても『宿命』は、個体ごとに、命に宿っているのです。落語ですから面白おかしく語られていますが、この噺を聞いていて、犬は『宿命』に従って生きるしかないのですが、人間には「宿命との戦い」が、きっとあるのだろうと思ったのです。そうでなければ『宿命』だけに支配された人生など、生きる意味が見つけられません。『宿命』を好転させたいと強く思ったなら、まず自分の『宿命』の傾向をしっかり掴まなければ、戦う事は出来ません。

長くなりましたので『宿命』については、あと少し、次のお便りに書かせて頂きます

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写真は『熊吾』の故郷のイメージを感じてお借り致しました。このような美しい山里を守る事は、日本と日本人の心を守ることのように思います。『熊吾』の故郷 の、災害で崩されてしまった山々は、復興まで長い年月がかかります。お見舞い申し上げます。寒い日が続きます。御自愛くださいませ。どうかごきげんよう                                                                                                       謹 白

 

                                                                    清   月       蓮

 

 

 

【79-6】『流転の海』  全9巻   (その6 ){ 1~9巻のテーマ別  読後感を記載 }

宮本  輝 さま

 謹啓

2019年が始まりました。賑やかでお忙しいお正月をお過ごしの事と思い、先週はお手紙を控えておりました。今年もご家族の皆さまのご健康を心よりお祈り申し上げます。

『流転の海』は、作家 宮本 輝さんがお書きになった長編小説です。わかってはいるのですが、読みながら幾度も、これはお父上『熊吾』さんが書いておられるのだと、本気で思うことがありました。『憑依』とは、作者が登場人物になりきることだそうですが、読み手も、何か近いものを実感させて頂けたのかもしれません。深夜『息子』が筆を運ぶ傍らに、絶えず付き添って「おい、伸仁、そうじゃ、そうじゃ…」と相槌を打ちながら、髭を撫でている『熊吾』さんが浮かんできた時の、こみ上げる嬉しさを思い出しております。

ほとほと感心するのは『熊吾』の気っ風の良さです。『欲』といえば事業に対するものだけで『玉木』に大金を奪われた事が発覚した直後であっても、そばにいる『シンゾウくん』の労に対して、きちんと労りの施しを忘れないのです。こんな時は、普通なら1円も出せない心境に陥る瞬間だと思うのです。『熊吾』は頭で計算しているのではなく、自分がそうしてやれば、人が助かったり、元気を出して頑張れると判断すれば、吝嗇な迷いはないのです。全編を通して『熊吾』が他人の為に労した時間と、費用の多さに驚くばかりです。『熊吾』はそうやってずっと生きてきたのです。未来の世の中で活躍するであろう人々に、期待や展望や、何より愛情があったのです。人への未来の投資は彼の生き様なのです。そこにぶれがないので、彼は絶えず堂々としていて、恐れるものは何もなかったのだと思います。たとえ相手がヤクザであろうとも…         けれど、たった一度だけ『慈雨の音』で、勇猛な『熊吾』が『餘部駅の鉄橋』を前にして、脚を震わせ怖がっている姿がありました。この場面は『房江』の覚悟の決め方も潔く、対する『熊吾』が、なんだか可愛く見えたほどでした。

最近の日本にこんな人物は中々いません。

それを考えた時、思い浮かぶのは、現役で働いていた頃の義兄のことです。札幌で大学を卒業後、10年余り企業に勤め、その後自分で建設会社を興しました。彼の口癖は「天に貯金」でした。『流転の海』が発売になった時、札幌に住む姉に「姉ちゃん、これ義兄みたいやでェ」と言いつつ、本を送った日を思い出します。姉も『房江』さんに似たところがあるように思います。一時は多くの会社を経営した時期もありました。それでも姉は『房江』さんがしたように、いつか、義兄がどうしても資金繰りに困った時の為に、絶えず節約して贅沢はせず、息子たちにも甘い顔は見せない人でした。そして、残念にも、姉の貯めたお金は、晩年になり、とうとう役に立つことになってしまいました。  お金に執着がない人は、やがて経営難に合うのでしょうか。その結果、辛い時期もありましたが、今は善き人々に恵まれ、穏やかな幸せな日々を過ごしています。姉の話では『流転の海』を熱心に読み始めているそうです。

私にとって、『流転の海』は、「思い当たる人々」や「思い浮かぶ光景」が数多く出て来て、愉しいだけの「小説」ではありませんでした。ですから、どなたかが「登場人物」を全て数えられたようですが、私の中では、一人の人物に重なる現実の人物や、想起される宮本輝さんの他の作品の登場人物なども同時に思い浮かぶので、人数はもっともっと多いのです。

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写真は『熊吾』が、一人沖に漕ぎ出し、また新たな目標に向かう朝の海のように感じました。同時に始ったばかりの新しい年の平安の中で、ますます意欲的な作家 宮本 輝さんのご執筆への決意と意欲を想起 致しましたので、お借りしました。またお便り致します。どうかごきげんよう

                                                                                       

                                                                                 謹 白

 

                                                                      清   月      蓮

 

 

【79-5】『流転の海』 全9巻 (その 5) {1~9巻のテーマ別  読後感を記載 }

宮本  輝 さま

 謹啓

長い物語の中の、心に残るシーンを思い浮かべております。

衝撃的で、恐ろしいほど忘れ難いシーンは、いくつかありましたが「血や戦い」を伴うので、怖くて、早読みをしてやり過ごしたかも知れません。読み終わって浮かぶのは「幸せな瞬間」が描かれていた場面かと思います。『地の星』では可愛い『伸仁』が振り回す虫取り網、『血脈の火』では、血の繋がらない『正澄』と『美恵』が、仲良く『同じ布団』で眠る幸福そうな寝顔が見えた気がしました。中でも一番好きなシーンは、『野の春』に描かれていた14人の『熊吾』を慕う人たちが、彼の死を知らされて『駆けつける場面』を思い描くことでした。『熊吾』は亡くなりましたが、心の中を悲しみの涙ではない、何か温かいものに満たされてゆくのを感じました。本当に素晴らしいラストシーンでした。最後までこの物語を読ませて頂けた幸せを強く感じました。改めてお礼申し上げます。

私も父を亡くしたのは春でした。

今でも鮮明に浮かぶ光景があります。枚方市の古い病院で、93歳で亡くなったのですが、自宅へ一度連れ帰る事も叶わず、姉とふた晩の通夜の後、簡単な葬儀を済ませて、いよいよ火葬場へ行く時間になりました。その時、疲れ果てていた体の奥から、不意に大きな悲しみが湧き出しました。いつか見たあの業火のような強い炎に、父の体が焼かれてしまうのだと気づいたのです。不安な気持ちのまま小さな車に乗りました。窓を開けると、ちょうど桜の散る時期で 、花びらが風に舞いながら窓から入ってきました。道の右側は細い川です。せせらぎの音が聴こえます。堤には、芝桜の桃色の帯が続き、たんぽぽや、まだ咲き残っていたレンギョウが風に揺れるのが見えたのです。なんて美しい春の日だろう。父は春に生まれ、春に天に旅立つのです。こんなに祝福されて…

父は最後の10年は、殆ど寝たきりで、トイレになんとか立てるくらいでした。若い頃、お洒落でカメラが好きで、文芸にも目を向ける人でしたが、最後はすっかり白くなった髪を気遣う力もなくなっていました。自己主張も強く『熊吾』に似たところも沢山ありました。病いに伏せるまでは、寧ろ父を許せなかった気持ちが強かったのです。横暴で我儘で自己中心的で激情を抑えられない人だったからです。そんな父が、看病していた時期には、私の顔を見ると、いつも「ええでェ、父ちゃん平気や、おおきになぁ」とばかり繰り返していました。人は死期が近づくと「仏の心」になるんだと思ったものでした。『房江』が『熊吾』に最後に言った言葉『…お父ちゃん、これまでのこと、全部帳消しにしてあげる』……遠い日の父に、私も同じことをそっと呟きました。

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写真は、全てを許して、晴れた心のような美しい一枚をお借り致しました。今年もあと僅かです。良いお年をお迎え下さいませ。また新年にお便り致します。どうかごきげんよう                                                                      

                                                                               謹白                                                                             

                     清 月    蓮

 

 

【79-4】『流転の海』全9巻 (その4 ) {1~9巻のテーマ別  読後感を記載 }

宮本 輝 さま

 謹啓

『流転の海』の登場人物の現れ方の、自然な流れの妙には絶えず驚かされます。この写真の、色づいた沢山の紅葉を「登場人物」と見立てますと、こんなに沢山の人々が登場したのです。『熊吾』の家族は勿論の事、無二の親友『周 栄文』その『妻と娘』  商売の助っ人運送屋の『丸尾 千代麿』   昔ながらの商売仲間『井草 正乃助』『海老原 太一』『柳田 元雄』『河内 善助』そして、戦後の闇市で遭遇した『辻堂 忠』    なんとも色っぽい幾人もの『女たち』     熊吾の家族を救った『筒井医師』『小谷医師』    舶来の粉ミルクと『哺乳瓶』を探してくれた『木戸 久光』   人として器の大きい『和田 茂十』…書ききれない多くの人々…

こんな中『野の春』まで読みますと『丸尾  千代麿』と『辻堂 忠』の2人にスポットを当ててみたくなりました。二人は、両極端な要素を持っています。学歴、容姿、行動においてです。『熊吾』とは、2人とも血の繋がりもなく人生の途中で出会い、ある時期は離れて暮らします。どうしても『辻堂 忠』に肩入れしたくなります。帝大出のエリートで、きっと背も高く鼻も高く、冷静で仕事もこなせる人だと思えるからです。『熊吾』の強い戦力になると思うと嬉しくなりました。愛していた妻子を『原爆』により殺された事で、自分を責める彼にも同情心が湧きました。一方『丸尾  千代麿』は、名前こそ高貴ですが、ご面相は期待できません。言葉遣いも、丸出しの庶民派です。おまけに『妻以外の女』との間に子供まで作ってしまいます。

そして時は流れました。

2人はどうなったでしょう。『どんでん返し』とはこの事です。『丸尾 千代麿』は最後の最後まで『熊吾』を信じ、戦後の仕事のない時に助けられた『恩』を忘れず、何より『熊吾』が好きでした。そして『血の通った子』も『そうでない子』も、分け隔てなく育てます。彼の『妻』は悩んだ末に、大きな心で全てを受け入れ、骨惜しみせずによく働く人でした。   

 翻って『辻堂 忠』は、美人で財閥の娘『亜矢子』との、純粋とは言い難い関係を、再婚後までも続けていたのです。思えば彼は『熊吾』の口利きで『大きな証券会社』に就職しました。その時、感謝の言葉を述べる彼に『熊吾』は言いました。『約束じゃ。わしが死んだら、伸仁を助けてやってくれ、頼んだぞ』         ですが…『熊吾』の我が子への愛情からの『辻堂』との約束は、見事に裏切られる事になりました。祈るような気持ちで『野の春』を読んでいた時『辻堂 忠』の、人としての酷い仕打ちを知ることになり、その事実は火のような痛みをもたらし、棘が突き刺ったようでした。誠実に仕事をこなし『熊吾』を助けた時期もあった人間の「豹変」ぶりが、信じられなかったのです。でも、その時、ひとつのシーンが浮かびました。『戦争中の回想』の場面で『辻堂 忠』は捕らえられた『敵国の兵士の首を撥ねる役目』が、自分に課せられそうになった時、咄嗟の判断でそこから逃げ出し『一番親しかった友の兵士』にその任を押し付けたのです。『辻堂 忠』の心の底の「本性」は、環境が豊かになっても、仕事に成功しようとも、消えてはいなかったのです。

『野の春』に、過去の登場人物が次々と出て来た時、涙が滲んできました。「懐かしい人々」「忘れられない人々」が、最後に私に手を振って笑顔で別れを告げにきてくれたように感じました。

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お借りした写真にある「二本の太い幹」は「恩を忘れない、人を裏切らない人達」と「自分の欲や自尊心の為なら、平気で人を切り捨てたり、裏切ったりできる人達」が、物語の中からこのようにくっきりと甦ってきました。またお便り致します。どうかごきげんよう                                                                                                       謹白

 

                                                                      清   月     蓮 

【79-3】『流転の海』全9巻 (その3 ) { 1~9巻のテーマ別  読後感を記載 }

宮本  輝 さま

 謹啓

今夜は『房江』さんが、私の耳元で〈囁く声〉が聴こえてきました。

 

《 …稀有な運命に従うように、できることはやってきました。幼い頃はただ哀しくて、実の父にも捨てられて、いつもひとりぽっちでした。『奉公先』では力の限り働いても、受けるのは『折檻』の鞭でした。よく無事に成人できたと、自分の過去を振り返ります。『義母』が勧めた最初の結婚は、私を苦しめる縄のようで、誰かの為に働く気力さえ体の中から抜けてゆきました。その時、逃げるように辿り着いた『姉の家族』のやさしさに、救われたのです。二人の『姪』から「字」を学び「手仕事」を教えてもらいながら、私もまた生きてもいいのかと…初めて思ったのです。『まち川』の仕事は、新しい人生の入口でした。眠っていた機転の速さや、どんなに苦しくても守り抜いた金銭への潔癖さを認められて、未来に希望も生まれました。そんな時、出逢った『熊吾』に強く惹かれてゆきました。そして『伸仁』を授かり、流れた日々は、家族と周りの人達を大切にして懸命に働いて暮らしました。

思えば、私の人生にはいつも「食べ物」がそばにありました。中でも人生の節目に必ず登場した『鰻重』の事はよく思い出されてきます。 心も体も疲れ果て『婚家』から逃げて来た『姉の家』で、寝ている『枕元』に用意してくれた『鰻』を、私は嫌いでしかなかったのです。なのに、学校に行けなかった劣等感を少しでも拭う為に始めた『ペン習字の修了証書』が届いた日に『伸仁』と大阪で食べた『鰻重』は、本当に美味しかった。不思議なのは『夫の裏切り』を知り、生きる希望さえ失くし、死ぬ気で『プロバリン』を買って向かった『城崎』で、またしても『鰻重』を食べることになったのです。胃の中の『鰻重』が、まるで私に「生きろ」と言っているかのように、命を救われたのです。ですから、救われた命を『息子』の為に生きることに決めました。「食べ物」を作ることならできますとも。『伸仁』を大学に通わせて、なんとしても卒業させることが、私のこれからの「息子への贖罪」です。今では『女』と暮らす『熊吾』の事は、憎いような、どうでもいいような、それでもやっぱり尊敬と愛おしい気持ちは隠せません。いつか私の元へ戻ってくるまで『多幸クラブの社員食堂』で、少しでも喜ばれる『料理』を作って頑張るつもりです。そんな日々が続いていたのに、いつのまにか夫の『糖尿病』は悪化して、とうとう倒れてしまいました。病院のベットで『父』と『息子』は、まるで『接吻」のように、長い時間『おでこをくっつけて』いました。記憶に残るこれまでの時間を、お互いに通い合わせていたのでしょうか。私は『熊吾』の『泣き顔』のような表情を見て「お父ちゃんよくやったね。約束を守ったね。本当におめでとう」と心の中で語りかけました。

夫が亡くなった次の日に、駆けつけて来てくれた人達。その姿を見た時、いつか『同じ光景』を見たことがあると感じたのです。    その時は、はっきりしませんでしたが、それは…そう、夫が『ペン習字の修了証書』の褒美に『万年筆』を買ってくれた日に入った『映画館』です。題名もわからないスクリーンに映し出された映画の『ラストシーン』が目に飛び込んできました。ボロとしか言いようのない衣服に身を包んだ多勢の人々。『ロバも猫も 犬も老人も子供』もいる一団が、みんな愉しげに、まるで希望に向かって旗を振りながら歩いている映像でした。その人達のこれまでの『苦労』など、観たくもありません。自分の『過去』だって考えたくもありません。ただ前へ向かって歓びに満ちて歩くだけです。その場面を思い出し、どのような『過去』があろうと、私の夫は『熊吾』ひとりであり、息子は『伸仁』だけだと、改めて思ったのです。これから、もうひと頑張りして、こんな風に朗らかに歩いてゆけば、必ず幸せな『大草原』に行けるだろうと、そう思ったのです… 》

 

この『房江』さんの《囁く声》は、私の思い込みが過分に入り混じっております。読みながら彼女と同苦し、幸せな時は共に歓ぶ事が出来た、とても身近に感じられる人でした。

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写真は、ひとり自分を見つめ、微笑みながら生きる『房江』さんの心のように感じてお借りしました。この白鳥のように、その後ろ姿のなんと美しいことでしょう。

ご自愛下さいませ。またお便り致します。どうかごきげんよう                                                                                                               謹白

 

                                                                  清    月        蓮