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花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【25】『赤ん坊はいつ来るか』宮本輝著 『真夏の犬』に収録

宮本輝さま

お元気でおられますか?  数十年前、貴方に宛てて便箋 10枚の長い手紙を書いたことがありました。けれどこんな手紙は自己満足で、著名な作家が読者からの手紙を読む訳がないと考えて、出す勇気がありませんでした。でも、先日お会いした時『ブログ、読んでいますよ』と仰って頂き、今は夢のようです。今日は『赤ん坊はいつ来るか』を読みましたのでお便り致します。f:id:m385030:20160917114622j:plain

この写真は、ひたすら赤ん坊を求めて、諦めざるを得なかった『小沢さんの奥さん』みたいです。まるで童女のように燃える想いを抑えきれず、赤ん坊を欲しがっています。そんな烈しい心のように見えましたのでお借り致しました。

これは昭和33年のお話です。その時代には夏の過ちから生まれた赤ん坊を川に流したり、産んでも育てられない赤ん坊を、闇で売り買いするようなことがあったようです。赤ん坊は川に浮かびながら、生きている人間たちの自己本位な欲望を、見えなくなった目で見ています。誰にも訴えられず黙って流され、へその緒さえ切ってもらえず、さぞ辛かったでしょう。
『小沢さんの奥さん』は、どうしても欲しいものを手に入れようと強く願い過ぎて、どこかのネジが切れてしまいます。子供が出来にくい身体でも、どうしても赤ちゃんが欲しい。だから想像妊娠みたいになり、心まで病んでしまいました。オロオロするだけの『小沢さんの夫』は、ヤミ医者が産ませた赤ちゃんを不法に手に入れようとします。そして、警察に連行されてしまいます。

命は不思議なものです。人が強く望んだから、その人の元にやって来るものでもなく、望まなくても突然来ることもあったり。命は、人の欲望や願いや性欲をも超えた、どこかわからない川のずーっと奥の奥から私達のところへ流れて来るのです。
『ぼくらには、子供なんか、もうどうでもええやないか』
『赤ん坊は、もう来やへんの?』
『そうや、もうぼくらのところには来やへんのや』
二人は、『母』が教えたかったことをやっと知りました。命は人の勝手な意志では手に入らないこと、人の手の届くところやすぐそばの川の中にはいないということです。それに、『般若のおっさん』がやった悪事は全て暴かれ、背中の刺青を剥ぎ取られてしまいました。いい気味です。少しは懲りたでしょうに。

いつか『私』に頼んで捨てられた子猫たちは優しい人に拾われたでしょうか。
  『小沢さんの奥さん』は、赤ん坊をたくさん産んだ猫に嫉妬して、見ているのも辛くなり『私』に捨てて来るように言いました。でも、きっといつか救われたポンポン船の上にいる猫に向かって、大きく手を振るような気がします。

夏が終わってしまうと思うと、少し寂しく感じます。今でも乳児虐待のニュースが流れて胸がふさがれます。恐怖と孤独がもたらすこのような事件が無くなる日が来るといいのですが。今日は満月が見えました。貴方もご覧になられたでしょうか。またお便りさせて頂けますように。どうかごきげんよう

                                                                       清月  蓮

 

 

 

真夏の犬 (文春文庫)

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