花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【29】『力』 宮本 輝著  『五千回の生死』に収録

宮本 輝さま

 秋が日に日に深くなっています。この季節には昔のことを思い出す不思議な空気が漂っているようです。    

幼い頃の自宅の庭には、祖父が育てた実のなる木々が沢山ありました。納屋の中には買ってもらったばかりの自転車が光っていて、横の棚にはお餅つきの臼や杵、木枠で組まれた蒸籠、庭に設えられた竈(へっつい)さんに焚べる為の薪も積んでありました。今日は『力』を読みましたのでお便り致します。

 

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雨は落ちていないのに、空は一面の薄曇りで、心には不安が広がっています。いくつかの『心配事』に見舞われて、体から『力』が抜けていくようです。秋風が煽るように吹き始め『公園』にいた人々は、いつの間にか何処かへ去って行きました。何もする気持ちになれず、座り込んだまま何もできません。このコスモスはそんな『私』の前で寂しそうに揺れています。写真 お借り致しました。

 

『公園のベンチ』で隣に座った『老人』は言いました。『元気が失くなったときはねェ、自分の子供のときのことを思い出してみるんですよ。

私もここ数日、明らかな愁訴を感じていました。目の前に越えるべき山が見えるなら這ってでも登ろうと思うのですが、山はどこにあるのかすら見えません。漠然とした不安や寂しい気持ちが胸に溢れます。        

伝わっていたと信じ切っていた事がそうでなかったり、際限なく襲う災害の脅威は何故だろうと考えてみたり、離れて暮らす息子の電話の声が沈んでいたり、自分の余りの迂闊さに愕然としたり、毎日の残虐な戦争の映像に落ち込んだり、自分のしていることは何の価値もないと思ったり。

流氷の海に一人で浮かんでいるようです。身体に漲っていた筈の『力』が、気づくとすっかり抜けてしまっています。

こうなるともういけません。ソファに横になり天井と観葉植物の葉を目で追うだけです。とても立ち上がれず、口にするのは炭酸水だけ。アーモンドを一粒口に含んでも中々噛み砕けません。目の前から色が徐々に消え、テレビを点けてもモノクロに見えてしまいます。そんな時、この老人の言葉が浮かびました。『元気を取り戻すこつはねェ    そうでした。 幼い頃を思い出すことに致します。

子供の頃、理由もわからず仲間外れにあい、誰も遊びに来ない学校から帰った長い放課後。  祖父がいつもの帽子を被り、いつもの腕カバーをして庭の隅に座っています。私の手には、おやつの丸い青色の缶カンに入った みかん飴と動物ビスケット。開けると人工甘味料の香りが立ちました。「じいちゃんも食べて」 祖父の硬くて節張った指が中のお菓子を一つ摘まみます。私がニッと笑っても、ただ黙って手仕事を続けています。その日は鍬の柄を修理していました。私も側で見ています。       

そこまで浮かんだ時、この短編の中に登場する幼い日の可愛らしい『私』がふらふら『阪急百貨店』の前でバスから降りて来るところが浮かびました。『モク拾いのおじいさん』に『こら、お前、なんでいままで、わしに手紙のひとつも出さなんだんや』そう怒鳴られた言葉が蘇って来たのです。        

いつの間にか、リビングの窓の外は、夕焼けの鈍い輝きに包まれ始めています。私はやっと痺れた両脚をさすりながら立ち上がります。昔の友達に葉書を書こう そう思いながら。

秋口にもしも風邪をひかれますと、冬を乗り切るのが大変です。どうか暖かくしておやすみくださいますように。温かいお風呂にもゆっくりお入りくださいますように。私も早くこの状況から抜け出します。またお便り致します。ご自愛下さいませ。どうかごきげんよう

 

                                                                           清月