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花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【30】『五千回の生死』宮本輝著 『五千回の生死』に収録

宮本 輝さま

 

お元気でおられますか。夏に咲き誇っていたペチュニアもすっかり花を落としてしまいました。零れた種子がアスファルトの隙間から最後の一輪をのぞかせて秋の陽を浴びています。今日は『五千回の生死』を読みましたのでお便り致します。 

 

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この写真を見ると『五千回の生死』を思い浮かべます。夜に停められた自転車は不思議なもう一つの影を見せています。この影は短編の中に登場しますもう一人の「化身」のように感じましたので、お願いしてお借り致しました。

『複式夢幻能』     これは何のことでしょう。能の前編、後編と言うだけの意味ではなく、演技者とその化身、又は亡霊と解釈しました。本人の心から発したもう1人の人物は、自分の心の叫びかも知れず、また亡くなった『父親の声であったのかとも感じます。このお話は、もしかしたら『俺』はたった一人で、死に物狂いで家まで歩いて帰ったかもしれないそんな道すがら、零下の身も凍る夜だからこそ『俺』の中から飛び出した『亡霊』が、こんな風に現れたお話とも思います。それが『不思議な男』として描かれているとすれば…  この短編は、宮本輝さんの揺るぎない大切な哲理が書かれているのでしょう。大きな発見と過去の浅い思索が悔やまれたりも致します。

 

幽霊は、夏の登場と相場が決まっています。このお話は、底冷えのする寒い寒い冬の夜に起こりました。『俺』は父が残した『ダンヒルのオイルライター』を、持ち物には無頓着にみえた『父』の遺品の中にどうしてあったのかを考えています。男は「物 」それ自体に惚れ込んでしまいます。そのメカニズムや、作り手の意向がジンジン迫ってきて、どんなに自分に不相応でも手に入れたくなります。『俺の父』も、きっと一生に一度くらい、そんな事があったのでしょう。その『ライター』が『俺』を真冬の夜の不思議な出会いに連れてゆきます。

寒いなんてもんじゃない、今年一番の冷え込みの、凍てつく零下の深夜。朝から牛乳しか お腹に入っていないし、お金は1円もありません。もう考えられるのはあんなに欲しがっていた友人に『父のライター』を売ることぐらいです。それなのに友人は家族旅行中で留守でした。ポケットには帰りの電車賃もありません。朝までかかっても、歩いて帰るしか無いのです。そして『不思議な男』に出会います。自転車で、家まで送ってやろうと言うのです。   その道中

『うん、ものすごう嬉しい気分や。死んでも死んでも生まれて来るんや。それさえ知っとったら、この世の中、何にも怖いもんなんてあるかいな。乗れよ』       もう、どうにもこうにもならなくなり、考えて考えて、悩んで悩んで、身体中の力を全部出し切ってしまった時、人はそうしなかった人には信じられない事を体験します。今夜の『俺』のように。    自転車に乗せて『俺』を家まで送って行くと言った男。その男の背中に頬を擦り付けると、暖かい幸せな気持ちがしたのです。 坊主頭で眉毛ばかり目立つ『不思議な男』は、家まで送り届けてくれ、何事もなかったように 朝日を浴びて神々しい顔で去って行きました。そうです。亡くなった『父』が、寒さで死んでしまってもおかしくないこんな夜に、先に書いた『複式夢幻能』の『亡霊』となって、『俺』の前に現れたのでしょう。生き苦しむ『俺』のところへやって来て『俺』を護ってくれたのです。でも、価値のわかりそうもない息子から、あの『ダンヒルのライター』だけは、こんな風に持ち去りました。

 

秋の日暮れは釣瓶落としうかうかしていますと直ぐに暗闇が迫り、急いで戸締りを致します。貴方の家を初めて知った15年前、一度だけ、お部屋に灯りが灯るのを見届けて、安心して帰宅した事がありました。ますます筆が進まれますようお祈りしております。またお便り致します。どうかごきげんよう 

 

                                                                          清月  

 

 

 

五千回の生死 (新潮文庫)

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