花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【78】『焚火の終わり』宮本 輝著   《上・下卷》

 

宮 本  輝 さま

 

お元気のことと思います。初めてお便りを差し上げてから、間もなく二年が経ちます。一方的で申し訳ありませんでしたが、だからこそ、気楽に書かせて頂けました。『流転の海』シリーズを残し、多分これが最後の作品です。『焚火の終わり』は、踏み込めない性の領域に戸惑い、書きづらくもありましたので、今日まで残してしまいました。でもとても好きな作品です。 

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『美花』の過去はこの写真のようです。絡み合い姿が見えない枝の先は、どこへ繋がっているのでしょう。短編『深海魚を釣る』はこの作品の『スケッチ』だろうと思います。この木が冬を乗り越え、必ず来る春に向かって、枝の先まで沢山の蕾を付けていることを祈りつつお借りしました。

 

『いのち』が一番大切です。それを生み出せる唯一の方法が《性》であるなら、思索するのは大切なことです。思春期に自我意識が芽生えてくると、自分の『いのち』がどこからやって来たのかに気づき、ある時期、両親を疎ましく感じることもあります。やがては受け入れざるを得ず、自身の中にも厳然とあるその欲求に気付かされます。 

母が、私が嫁に行く前に「お金と子宮の使い方さえ間違えへんかったら、大抵のことはあんじょういくさかいに…」という意味のことを言いました。その頃は何気なく聞いていましたが、今になって、よくわかる気が致します。この物語はまさにその二つの事が描かれている事に驚きました。 

人間にとって、自分は誰と誰の子であるのかは、基本的な心の安定を保つ重要な事項なのです。祝福されて結ばれたのか、周りの反対を押し切ってまで求めあったのかも含めて、全てを受け入れるには、若くて未熟な時期には、相当難儀な経過があります。それなのに、物語はもっと厄介な状況を炙り出してゆくのです。 

自分の親を含めた人数のはっきりしない『男女』が、相手を慈しみあい、賢く慎ましく生きている人々であったとしても、実際には《淫らな行為》であると言うしかない乱れた性行為を繰り返し、その結果生まれたのが『美花』なのです。父どころか、生んでくれた母まで、本当の意味の母親かどうか分からないのです。『美花』は、本能的に自分を育ててくれたのは『あの母』ではないことを感じたり『父』として送金したり、大金を残してくれていた人が、一人ではなかった事に、たとえようもない憤りを、どうすることもできません。そんな状況を乗り切れるでしょうか。 

この事は《親の因果が 子に報う》との仏教的捉え方のように、長い間『美花』を苦しめま す。無論のこと、関わった『茂樹』の母も、自らを赦せない『刑罰』を受けているようです。 

物語の主題は、ツルゲーネフの『初恋』の「ウラジーミル」のように、また『愉楽の園』の『チュラナン』のように、命がけで相手を愛し、時を経ても、ただ愛しく感じられる恋へと浄化させたように『茂樹』と『美花』は、鞭打たれようと、自分たちの心を、高い場所に《転換》してゆく心の様を、描かれておられるように思います。 

たとえどんな生まれ方をしても、血が繋がっていたとしても、二人の燃え上がった恋の炎は『焚火』のように身体を温め、香ばしい匂いを放ってゆきました。 

そして、生き抜くために、これまでの仕事を辞めて、真に自分たちの求める生活へと大きくハンドルを切ることになります。どこよりも居心地が良く、心と身体をやすめる為の『宿』を作ろうと動き出しました。二人の前向きさや行動力には、親たちを含めた人々への『怒りや屈辱感』などを乗り越える力があったのです。 

『いのち』の底には、誰もが隠し持っている途轍もないエネルギーが潜在しています。どんな極限状態であろうと、そこから這い上がろうとする力が内在していて、それを信じて生きた人間は、苦しみの末に必ず《歓喜》に行き着ける姿が、ここに描かれているように思いました。貫いて二人が幸せになることが《報いを翻す》ことなのですから。

 

今週は、関東以北に大雪が降りました。申し訳なく思いながら、寒さに便乗して家に籠り、愉しく本を読んでおりました。宮本輝さんの《創作作品》はこれで全部でしょうか。粗忽者の私は、もしかしたら、大切な作品を書き漏らしているかもしれません。現在は『流転の海』第4話『天の夜曲』を読み直しております。やがて出版されます次巻を待ちまして、最後まで読み通した後に、また『一巻』からお便りさせて頂きたいと思っております。その日を愉しみにして、お待ち致しております。最後に雪の中でも強く美しく咲く山茶花に『美花』の姿を感じましたので、この写真をお借りしてお届け致します。お元気でお暮らしくださいませ。どうかごきげんよう。   

  

                                                                      清   月    蓮   

 

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焚火の終わり〈上〉 (集英社文庫)

焚火の終わり〈上〉 (集英社文庫)

 

 

 

焚火の終わり 下 (集英社文庫)

焚火の終わり 下 (集英社文庫)