花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【5】『星々の悲しみ』 宮本輝著

宮本輝さま

お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますか。
雨の日が続きましたが、ここ数日明るい日差しに恵まれています。
光を受けて輝くポピーの写真をお借りできましたのでお届け致します。
まるで地上に降った星々の欠片が色とりどりに咲いているようです。
今日は『星々の悲しみ』を読みましたのでお便り致します。

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宇宙は季節によって妙なるリズムと共に変転している…

宇宙の中の地球に住む生物たちは、この妙なる巡りに包まれています。
人の生と死も、宇宙の中では抗うことのできない繰り返しの中にあります。
『星々の悲しみ』と言う絵を描いた『嶋崎久雄』も、医学部を目指して勉学途中に逝った『有吉』も。

宇宙のリズムは絶えず変転し、またいつかこの地球上に、2人の命は巡り来るのだと貴方が書いておられるような気がしています。
物語の底に幻想でない確信がなければ、こんなに悲しい若き人の死の物語が、
淡い明るさで心に残る筈がありません。
そして、死にゆく人は必ず自分が死んでゆくことを思い知るとも書かれていました。家族が庇い隠そうと、医者が職業的話術を弄そうと、人はそれを思い知る為に、今まさに死のうとしているのだと。

『有吉』が最後の見舞いに訪れた『志水』に言った言葉。
『またな』…
これは、死の淵に立たされた時、自分が再び生かされるであろう次の「生」を朧げに知った故の言葉だろうと思いました。
『またな』と2度呟き、友と笑顔で別れようとしたのです。

でもその心の中には同時に、自分の死を前にして、それを認めたくない、
また、生への限りない欲望も『有吉』の心には渦巻いていました。
『俺は犬猫以下の人間や』…
この呟きは、未だ死を観念しきれない自分の、そしてこの世に生を受けた全ての人々の『星々の悲しみ』でもあったのでしょう。
『志水』は、友の死を絶望をもって認めたのですが、絶対的な絶望に打ち勝つには、人は祈るしかないのだと知りました。

青春の歩みは、地面に押し返される感覚のない、独特の浮遊にも似た数年です。
忘れがたい記憶と感慨で、胸の奥にしまい込まれています。
この時期に、がむしゃらに勉学に打ち込んだか、『志水』のように図書室に並ぶ本の中に過ごしたかは、未来に動かしがたい人間の芯を創り出します。
『志水』は、162篇の小説の中に、煌く星々を見つけ、視界の及ばない彼方の空を見上げたのです。その先の道しるべとなる星座を仰ぐかのように。

庭に柔らかい木の芽が吹き出しました。
そろそろ夕餉の支度にかかります。
またお便りできますように。
どうかごきげんよう

  

                    清月蓮