花の降る午後に

~宮本輝さんへの手紙~

【52】『蝶』宮本  輝 著  『星々の悲しみ』に収録

宮本  輝 さま

季節は流れる雲のように過ぎてゆきます。気温が上がるにつれ体調が上向いていくのを感じております。もう初夏になりました。今年の春は沢山の筍を頂けました。瑞々しい大地の恵みに雨が欠かせないようです。今日は短編『蝶』を読みましたのでお便り致します。

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 『蝶』を読んでいて、好きだったこの写真が浮かんで来ましたのでお借り致しました。命の源から離れ、既に地面に落ちているのに、なお美しくまるで生きているようです。この花たちは、風に転がったり、吹き上げられたりして美しい舞を見せてくれるかもしれません。理髪店『パピヨン』の壁一面の『蝶の標本』も、電車の振動で生きているように翅を震わせます。

『蝶』の読後感を書くのをグズグズしておりました。何故ならこの作品は、短くとも私にとって、とても大切な問題を孕んでいたからです。極 普通に読むと、悲しい結末が暗示されています。孤独な理髪店『パピヨン』の『主人』は、自分の嗜好に従い、欲望を止められず、次々『蝶』を捕獲して自らの満足の為に、標本にしていたと読めるからです。そして、その罰として、彼は採集の旅の何処かで命を落とし、二度と帰ることはない…しかも、電車が高架の真上を通る深夜に、標本にされた蝶たちが一斉に震え出し、恨みの声なき声を上げている結末を読みとる事も出来るからです。

人が幸せに生きる為には、決してしてはならないことがある…というのは、宮本輝さんの他の作品にもたくさん見受けられます。幸せになる為の警告と受け止められる人の「死」も描かれています。ですが、私はずっと考え続けたにもかかわらず、どうしても『パピヨン』の主人が、そんな罪に当たると思うことが出来ませんでした。既に持っているのに、同じ『蝶』を何匹も集めたことには、とても憤慨しましたが、毎日、夜遅くまで『蝶』の標本の埃を払い、手入れをして愛しんでいた様子が描かれています。理髪店の仕事も丁寧で、人柄も良さそうで、とても親切です。『パピヨン』の主人は、罰を受けたのでしょうか。それは彼の行為が「因」となった故の過ちの「果」なのでしょうか。    そんな事を考えながら、またこんな言葉も浮かびます。  《現在の因が未来の果を生む》…他の作品の中で、教えてくださったこの哲理がとても好きで、心にいつもあります。書くことをグズグズしておりましたのは、この作品から『主人』の決定的な肯定を表す言葉を見つけられなかったからです。そこで…私なりにお話の続きを想像を致しました。こんなお話です…

パピヨン』の主人は『蝶』の採集旅行の途中である山奥に向かいます。その時、朝陽の降り注ぐ葉陰に、頼りなげに揺れる幻の蝶を見つけました。美しいその色は、いつか夢にまでみたものです。けれど、蝶に見えたのは、ひとりの娘の着ていた上衣の短めの袂でした。驚いて近づき、彼は娘を見たのです。その瞬間、娘の横顔は蝶の翅より透明な輝きで彼を捉えました。娘の話す声は、物言わぬ蝶の標本からは、けっして得られない沢山の発見を、彼の心にもたらしました。自分の仕事も忘れ、自分の家に帰る事も忘れ、彼はその娘が一人で、懸命に額に汗していた仕事…その地方に伝わる染色の仕事…に心を奪われ、手伝わずにはいられなくなります。それは草木から糸を染めるとても大変な力仕事です。今まで、この世で最高に美しいと思い込んでいた『蝶』の標本の上にあった鮮やかな色や形が、その織物に現れていたことに息をのみます。その時、やっと気づいたのです。蝶を捕獲するよりも、自然の美しさを源にして、何か役に立つ物を創造することにこそ価値があるのだと言うことに。   蝶の生死と同じく、人間の生死も、危うい闇から明るい場所へと、絶えず彷徨っています。いつどこで闇が明けるかは、その人の命に必ず刻まれています。人を愛することや 友人を大切に思うこと、仕事に忠実な努力をして暮らしている人には、それに気づくチャンスが、必ず宇宙から降りてくる。この短編を読み『パピヨン』の主人も、きっとそうであったのだと信じていたいと思いました。

連休中は如何お過ごしでおられましたでしょうか。夏の暑さや寒いくらいの日が交互にやって来て、安定致しませんし、世界も騒がしく、不安に襲われることがありますが、努めて冷静にいたいと思っております。お元気でお暮らしくださいませ。どうかごきげんよう

 

                                                                       清 月   蓮

【51】『星宿海への道』 宮本  輝 著

宮本 輝さま

お元気でおられますか。いつも寝るまでの時間はニ階で長編を読み、昼間は隙間を見つけて、短編や別の長編を読んでいます。暖かい風が吹き、不穏なニュースさえ無ければ、気持ちの良い毎日です。今日は『星宿海への道』を読み終わりましたのでお便り致します。

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この写真は、私の心の『星宿海』です。 物語に登場する『しまなみ海道』からの写真ではありませんし『黄河の源流』からこぼれ落ちる湖でもありません。けれど、ここに浮かぶ島々を見た時の記憶とこの写真にとても神々しいものを感じました。この風景には、陽光を浴びたり翳ったりしながら、島の木々が『星』になり、海の波光が『星』になるような感動を確かに感じましたのでお借り致しました。

この物語を読んでゆくにつれ、胸の中に、涙ではない水が溜まってゆくのを感じました。その水は引く事がなく、キッチンに立っても、胸の中に満ちています。この水の正体を表せる言葉が、今は未だ見つかりません。宮本輝さんの『長篇』を読む時、広大な舞台、迫る問いかけ、謎の行方、会話の愉しみ…それらが物語いっぱいに溢れています。感動した気持ちについて、何か書こうと考えますと、焦点を絞って自分なりに掘り下げるしかありません。知識に基づく掘削機は持ちあわせず、スコップで少しずつ掘るしかありません。この物語には「命を賭して息子を愛した母と、母の愛を感じ続けて生きた息子」に照準を当ててみました。

『母』は空襲で大怪我をして、息子『雅人』の命を守るために物乞いになりました。橋の下の小屋に住み、莫大な借金を背負い、自分で両目を刺してさえ、免れようとしたにも拘らず、身体を売ることを余儀なくされてしまいます。こんな劣悪な環境の中で、何故 『母と子』が誰の目にも、この上なく『幸せ』に見えたのでしょう。母と子の姿は、すべてを剥ぎ取られても尚、愛情に溢れていました。地上の男女の恋や、清らかな初恋 …そのような「愛情」とは違った次元で存在し、月日の中で色褪せることなく『息子』の心の真ん中にずっとあり続けました。

成人した後に『雅人』が考案したゼンマイ仕掛けの『亀の親子のおもちゃ』は『母亀』にはゼンマイが無く『子亀』が懸命に『母』の背に這い上がる間、首を振り続ける『歩けない母』と、その首に喰らい付いていた息子『雅人』の姿です。母の死後も、時も場所も越えて生き続ける『母と子』の愛情。探しても探しても、この世では、もう見つけられない『母』の姿は『ポプラの並木』の向こう側から『雅人』を惹き寄せていました。彼は迷う事なくそこへ漕ぎ出し、安心して『星の筏』に乗り、幼い頃の『母』の元へ消えたのです。それは自殺を意味するのでもなく、事件を暗示する状況も残さず、ただ母の元へ向かったのでしょう。愛した筈の『女』とやがて生まれて来る自分の『子供』を捨てたのでもなく、胸の中の水が喉元までせり上がり、どうする事もできなかったように感じました。

途中で、鋭い『異族』と言う言葉が出てきます。これは『母』を喪くし、ひとりぼっちになり、他家の子供として生きた『雅人』が、常に感じ続けていた言葉だったのでしょう。誰にも過去を打ち明けられず、知られることを常に怯えて暮らす闇をもった自分には、誰一人「同族」と思える人間はいなかった。『母』と死に別れてからの『雅人』は、現実を生きることは出来ず、死ぬ事も許されず、ただ時をやり過ごしていたのでしょうか。    誰でも心の隅に、人とは同化出来ない孤独を抱えて生きています。幼少期から青年期に、孤独な世界で生きるしかなかった『雅人』にとって「母なる海」への舟出は、光り輝く美しい処への出発だったのかもしれません。読み終わった時、エッセイ集『いのちの姿』に書かれた『小説の中の登場人物たち』の最後の一文が蘇りました。

《…灼熱と強風など意に介さず、こんなものがどうしたといったふうに小さな竜巻と竜巻のあいだを歩きつづけて消えていったあの青年に、私は憑依する術を知らない》

近頃、悲しく感じますのは、被災地から他の地域ヘ避難した子供達を虐める学校内のニュースが流れる事です。本人にはなんの罪も無いのに、どうして周りにそんな心が湧くのでしょう。いじめを受けた彼らが、自分は周りに溶け込めない『異族』なのかもしれないと感じる事を思うと、とても悲しい思いが致します。一人でもその子たちに近づいて、優しく接してくれる人がいてくれることを願うばかりです。どうかお元気でお暮らし下さいませ。またお便りさせて頂きます。どうかごきげんよう

 

                                                                  清  月     蓮

【50】『小旗』宮本 輝 著  『星々の悲しみ』に収録

宮本 輝 さま

物憂い春の光が射しますと、他の季節より遠い昔が蘇る気が致します。吹き出したばかりの新芽に命の息吹を感じます。いかがお過ごしでおられますか。春はお父様を亡くされた季節。私も同じ時期に父を見送りました。その日、火葬場への道には細いせせらぎの横に蓮華草や芝桜がどこまでも続き、父を見送ってくれました。今日は途中だった短編集『星々の悲しみ』の中の『小旗』を読みましたのでお便り致します。

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 この写真は『父』を亡くした『息子』と『母』が、病院近くの土手で話している時、そばに咲いていた蓮華草です。私にとっても、蓮華草は幼い頃を思い出させてくれる懐かしい花です。昔は、探さなくてもすぐ近くに、桃色の田んぼが広がっていました。そんな頃を思い出させて頂いたこの写真をお借り致しました。

テレビで野生動物の番組を観ていたことがありました。強くて逞しい百獣の王ライオンは、一頭の雄が、数頭の牝とその子供達の群れを引き連れていました。実際に狩りをするのは牝でしたが、その雄々しい姿で敵の攻撃を見張り、たてがみを揺らして周りを威嚇しています。でも、やがて年とったライオンは、体の艶も無くなり、たてがみも所々抜け落ちてゆきます。そして、新しい若い雄にその座を奪われ、だだ静かに何処へともなく寂しく去ってゆきます。その姿は、何故かこの中の『父』と重なりました。

若い頃、勢いがあり、生気に満ちて世間でも実力を誇っていた男。その男が年をとり、経済力も無くなり、運にも見放されてゆく姿は、とても憐れです。自分の『父』のそんな姿は、そばでみているのも辛く、出来れば現実から離れてしまいたくなります。短編『小旗』はご自身のお父上の事を小説にされているのでしょう。読む方も辛いですが、書かれているご本人もどんなにかお辛かっただろうと思います。

『父』が亡くなった日にそばの蓮華草を見ながら『母』と『息子』は『父』の不思議な死を思っています。この時、現実を見つめながら、どこか遠くで起こったことのように感じていたのでしょうか。『父』はこの世からいなくなったのに、二人が座っている場所には、蓮華草がいつもの年と変わらず咲いている。そのことが悲しく不思議に嬉しくもあります。残された者は、それでも懸命に前を向いて生きてゆくしかありません。

『二人』が座っている側で、精神病院の患者達が、朗らかに話しながら歩いています。愛する人を亡くしても、たとえどんなことが起ころうと、彼らはきっと目の前にある仕事、人の嫌がる仕事であっても、懸命にそれに徹していることでしょう。道端で『小旗』を振り続ける彼のように。蓮華草の変わらぬ美しさとその『小旗』を懸命に振る姿。それを目にした時、安らぎに似た思いが、空の青さと溶け合って『父』の死を見送れたのだろうと感じました。

この作品を読んで、自身の父を思い出しました。カメラが好きで、オシャレで、絵を描いたり木彫りをしたりしていた人でしたが、晩年はただ「おおきになぁ、悪いなぁ」が口癖の老人になってしまいました。火葬が終わるまでの時間、父の人生はどんなだったのかと考えておりました。青春を戦争に奪われ、帰ってからは一家を支え、でもサラリーマンが嫌いで、よく会社をズル休みしていた事を思い出しました。この作品を読めば、どなたでもこんな風 に自分の「父」を思い出させて頂けるだろうと思う作品でした。

二階のベランダの上にまで、何処からか風に乗って沢山の桜の花びらが広がっています。車庫には、花びらに包まれた愛車が待っていてくれ、とても幸せに感じます。こうして散り落ちて後も、人を幸福にできる桜はやはり格別の花です。貴方さまにとっても『お父様』は、きっとそういう存在であられたと思います。この季節をお楽しみくださいますように。どうかごきげんよう

 

                                                                       清 月    蓮

 

 

【49-2】『月光の東 』 宮本 輝著 《その二・『美須寿』の未来 》

宮本 輝 さま

桜の木々を見る度、日本の土壌は豊かで、枝の先まで花をつける力があることに驚きを感じております。自宅の横を走る六甲山グリーンベルトには、山桜と山つつじが同時に咲き始めました。横から眺めると、薄桃色のラインがとても綺麗です。今日は『月光の東』の二通目のお便りを致します。

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 『夫』を喪った報を受けた時、妻『美須寿』の心は、きっとこの写真のようだったと感じます。満開の時を迎えているのに、一人うなだれたまま、月明かりに照らされています。心に描いていた写真が急に目の前に現れ、不思議な気持ちでお借り致しました。

『よねか』と『カラチ』のホテルに同宿して、別れた五日後に『加古』は、死を選んでしまいます。でも『加古』の自殺は、原因がひとつだけではないと感じます。周りの期待に沿う自分を保ち続けることへの、積もり積もった疲れや、内在していた孤独感がそうさせたのかも知れません。いずれにしても『夫の自殺』に「女の影」があった事は、妻『美須寿』を『錯乱』の底に突き落としました。このままでは『蛇の生殺し』のようだと感じています。答えの出ない謎は、心から力を奪ってゆき、新たな出発を阻みます。何故なら、疑心や憎悪の淀む心は、他人の言葉を受け入れられないからです。『美須寿』が、日記に嘘は書かず、自分をさらけ出す事で「淀みの抜けた状態」になろうとしたのは苦しい作業だったでしょう。      「決着」を付ける為に、夫のそばにいた「謎の女」の後姿を追い続ける『美須寿』の心は、優しい『叔父・唐津』と『主治医・安部先生』の言葉で救われてゆきます。その処方箋は…《 疲れたら休む、いつも楽天的である。愚痴を言える相手を持つ。大きな声で「そんな自分が大好き」と叫ぶ 》

その結果、『自分も辛いけれど、息子や娘は、思春期を迎え、どんなに心を痛めているだろう、しっかり守らなければならない』この思いに至ります。とても長い時を要しました。

幼少期から『妹』に両親の愛情を譲って生きてきた『よねか』は、男たちの愛を繋ぎ止めることに命がけで、女の魅力を本能的に弄してしまったのでしょう。蠱惑的な悪女と思われても仕方ありません。比して『美須寿』は、環境にも恵まれ、お金持ちの叔父『唐津』に労られ、求めずとも先に愛されていた。これまで、夫の『不倫や泣き上戸』にも気づけなかったのは、愛情への枯渇感がなかった故なのかも知れません。被害者意識の中、日記を『書き続けることは、それ自体が考えること』であったのです。そして、自分がこんな苦しみを受けるのは、独身の頃『妻子ある男』と関係していたことの『因果応報』だろうか…そう思えるほど被害者意識は薄らいでゆきました。

『よねか』の後ろ姿を追い続けて『美須寿』が、やっと辿り着いた境地には、明るい月が浮かび上がってゆくだろうと思います。未来への出発点を見出した『美須寿』にとって『月光の東』とは「月の沈む処」ではなく「太陽の昇る処」になったのです。記憶から消せない月はあっても、春の夜風に気持ちよく揺れている桜が、今の『美須寿』には、とても似合うように感じましたので、写真をもう一枚お借りしてお届け致します。

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 随分前に、貴方様の親友で主治医の「G先生」の御自宅が、我が家のすぐご近所という事がわかりました。G先生のご家族も、きっとグリーンベルトの山桜や、近所の桜のトンネルをご覧になっていますね。少し嬉しく思いました。花冷えが続いております。ご自愛くださいますように。どうかごきげんよう

 

                                                                           清 月  蓮

【49-1】『月光の東』宮 本  輝 著 《その一・塔屋よねか について》

宮本輝さま

桜が満開のこんな時期に、初めてお便りを差し上げてから一年が経ちました。春は物憂く過ぎています。どうしてか『月光の東』を開いてみたくなりました。去年、興福寺に阿修羅像を見に行った時、太陽神とされるその美しさの底に、言い知れない哀しさを感じ、同時に月光菩薩の姿が浮かびました。それ以来、胸の中では『月光の東』への想いが燻り続けておりました。ですから、短編集『星々の悲しみ』の途中ですが、今日は『月光の東』についてお便り致します。

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 この写真は静かに燃える月がとても美しく、現在50歳の『塔屋よねか』のような光だと感じましたのでお借り致しました。輝く月は、死に物狂いの末に掴んだ彼女の心のようです。

《塔屋よねかについて》

『ねェ、私を追いかけて。月光の東まで追いかけて』…

この呪文のような言葉が何を意味するのか、自分なりに納得しなければ、何度読んでもこの物語は終わらないと考えています。宮本輝さんは、読者を煙に巻くだけの無駄な言葉は、一文字も使われない事を知っているからです。

『よねか』の母は、結婚して『よねか』を生みましたが、事もあろうに、自分の『夫の兄』と、逃避行の旅を始めてしまったようです。『よねか』を連れて、世間の目から逃れて、周りに見咎められると、住む場所を変えなければならない生活です。安定した仕事も持てず『養父』は穏やかな人でも、ある時期には『酒乱』になり『よねかの母』を陰湿に虐めていました。子供の最大の不幸は両親の諍いです。冬の北海道でも『よねか』は『言語障害と全身が麻痺した妹』を抱きかかえて、夜の道端に立ち、ただ時が収まるのを待っているしかありません。そんな『よねか』が、現実から抜け出す方法があったとすれば、『神秘的架空の世界』を創り出し、その中で自分を生かし続ける事。

しかし自己が確立した頃に『よねか』は現実にたち向います。画廊を持ち経済力があった『津田』に金銭的援助を委ね、代わりに自分の身体を預けたのです。僅か17歳の少女の決意でした。この時、『よねか』に一体何が訪れたのでしょう。

頭の中の思考や、心の整理とは別に、言葉では明確に説明できないけれど、胸の真ん中にある意識。

《私は、これから「修羅」のように生きてゆく。自分の容姿が人より優れていることを利用する。自分と人々を幸せに導ける力を確立する為に。今の不幸から逃れる為に…》      自身にもはっきりと意識出来ないまま、こんな声を胸の内に聴いたのではないか。西から昇り始めた月が『東』に沈もうとする頃、それを人生に例えるなら、自分の生が終わる頃までに、必ずそれを手に入れるから『私を月光の東まで追いかけて』…つまり、『月光の東』とは場所を示すのではなく「人生の終盤」という意味だったのではないか。朧げながらでも、既に少女の『よねか』はこんな漠然とした願いを言葉にしたのではなかったか。「月の沈む東の空まで、私の人生を追いかけて…そして見届けて…」自分を好きでいてくれた男達に残したい意識の底から、この『呪文』は生まれたのだろうと思うのです。

その現れは、思春期に『よねか』が好きだった『合田孝典』との約束を忘れず、彼が『事故死』した後も、懸命な努力で得た莫大な資産を投じ、彼の名を付けた『養護学校』を開設した事にも現れています。また、後年訪れた、少女期を過ごした『親不知駅』の山道で『大きな枯れかけたひまわり』に執着して、持ち帰らざるを得なかった気持ちにもみられます。太陽を追いかけ、太い幹を育て、輝く『ひまわりの花』を咲かせることに努力を惜しまなかった半生。でも今は『朽ちかけたひまわり』に自分の姿を見て、愛おしく感じ、太い幹を切り取ってまで、胸に抱いて持ち帰ったのでしょう。

『よねか』は、一人の女の一生にすれば、多くの男達と肉体関係を持ちました。いつも『狡猾で淫乱』でありながら、決して自分を偽る行動はしなかった。それは、昂然とした後ろ姿に滲んでいて、どのような時も『自己否定』はしなかったのだろうと感じます。『祈りの叶う人間』の芯を持ち続けた姿でもあった。それは哀れなどと言ってはならない。むしろ、その貫かれた強い意志に畏敬の気持ちさえもたらしてくれました。

少しの間ですが、枝に咲く桜の花と、風に舞い、散りゆく姿を目に焼き付けておきたいと思います。ライトでなく月明かりの夜桜も雨に濡れた桜も好きです。美しい季節をお過ごしくださいますよう。『月光の東』について、もう一通 お便り致します。どうかごきげんよう

 

                                                                       清 月   蓮

 

 

【48】『火』宮本 輝 著 『星々の悲しみ』に収録

宮本  輝さま

四月に入りました。気持ちの良い日が続いています。桜の木の枝先が、黒く尖っていたのに、いつの間にか細い枝先が少しづつ丸みを帯び、薄桃色になってゆくのを眺めているこの時期がとても好きです。今年はゆっくり春が来ているようです。今日は『火』を読みましたのでお便り致します。

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 人の心の奥には、この写真のような場所があるような気が致します。誰もいない、誰からも見られたくない、密かな細い階段のような領域です。無意識の行動や癖は、美しいものとは限りませんが、やはり厳然と存在しているものです。でも、この坂道の向こうには灯りが見えます。無意識の先に瞬く光を信じてこの写真をお借りすることに致しました。

 

世の中には本当に様々な人がいて、その習性も理解し難い事があります。『古屋』は、毎夜、一人でマッチを擦り、快感をもってそれを見ているのです。その火に慰められるこの男には理解が及びません。人の癖はどんな時に始まるのでしょう。難しい心理学の事はわかりませんが、それは無意識の領域に忍び寄るある寂しさをもって始まるような気がします。指の関節をポキポキ鳴らさないと落ち着かない癖も、メガネのフチを何度も持ち上げる癖も、それと意識しない内に始まり、いつまでも止まらない。

『古屋』は一度は結婚して女の子がいましたが、今は一人です。自分の娘は姉に預かってもらい、住み込みで働いています。きっといつも寂しかったのでしょう。『古屋』は『啓一』がまだ子供の頃に、家に住み込んでいた従業員でした。それから数十年経って、奇遇にも成人した『啓一』の、電車の向かいの席に座った『古屋』は、50歳になっていました。しかし彼の気味の悪い癖は、未だ彼から離れてはいなかったのです。

癖は、自己顕示欲や劣等感などが複雑に絡み合い、心の寂しさのほころびから人の身体にいつの間にか忍び込みます。私達は誰もがある種の寂しさの中で生き、自分でも気付かぬ癖をもちながら、見咎められないように、身を潜めているのかもしれません。それはずっと昔の、もしかしたら生まれる前からの潜在意識の中に潜んでいて、心の深い層に蓄積されたままで生まれて来たような気さえ致します。それを見定め、自分の心の汚れや弱さを、今この時に清浄なものへと転換してゆかなければと思います。『古屋』は、50歳になってもまだ乗り越えていなかったのですが、彼は『啓一』に『プロレス』を観せてあげ『ソフトクリーム』を奢ってあげる優しさもありました。これからの人生で、彼が蘇る場面が待っているかも知れないと思います。この写真のように、薄暗い階段を登り切れば、先には灯りが見えています。50歳からでも、より豊かな自己の改革へ向かい、心は拓けていくものだと信じられる作品でした。

今年はどこかにお花見に行かれるのでしょうか。近所にとても可愛い桜のトンネルがあります。毎年、その下を飽きずに往復致します。桜の柔らかい色と光が、沢山の人々に降り注ぎますように。またお便りさせて頂きます。お元気でお暮らしくださいますように。どうかごきげんよう

 

                                                                      清 月   蓮

【47】『北病棟』 宮本 輝 著 『星々の悲しみ』に収録

宮本 輝 さま

お変わりございませんか。 もう3月も残り少なくなりました。いつまでも寒い日が続いておりましたが、やっと春めいてまいりました。眩しい太陽はありがたいです。春は別れのイメージです。若い人達に、また新しい出会いが待っていますように。今日は『北病棟』を読みましたのでお便り致します。

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 この写真は、物語に出て来る『宇宙の精力』が、色彩の美しさの上に現われたようだと感じました。『西病棟』の窓から、このようなひらけた景色は見えなかったでしょうが、地球に迫る『宇宙の精力』は、何処にいたとしても、漏れること無く及んでいます。元気な時は美しいと感動できても、自分の力が弱っている時は体に迫って来るような、跳ね返せないような圧力を感じることがあったと記憶しております。美しい輝きの大空からそんなことを感じましたので、この写真をお借り致しました。

 

貴方が芥川賞を受賞されて、「さぁこれからだ」と言う時に、肺結核が見つかり、入院を余儀なくされ、後にその頃を題材にした作品を幾つかお書きになりました。実際にお会いした時には、愉快な入院生活の経験談もお聞きしましたが、心の中には動かぬ不安や寂しさや、同じ病棟の方の死を間近に見守られた経験もお有りだったのかと想像しております。

『尾崎』の病室の真下で暮らす『栗山さん』は58歳で、何十年も病いと闘っています。穏やかな『ご主人』がお見舞いに来ています。『ご主人』は、雨が降っているのに長い時間、『中庭』に佇み、『栗山さん』が色とりどりのセロファン紙で作った『影絵』を、辛抱強く見ています。   影絵の題名は『宇宙の精力』です。「星や花や鳥や人間」が登場しているとありますが、影絵のあらすじは書いてありません。見ていた『ご主人』にもよくわからなかったようですが、このような長い闘病生活を経験した人でなければ、創り出せなかった物語があったのでしょう。内容を想像してみますと…

地球上のありとあらゆる物は『宇宙の精力』に満たされて生きています。人間もその中の小さな一粒である限り、逃れることはできないのです。そして『宇宙の精力』は、止むことなく『降り続く雨』のように、全てを覆い尽くしています。生物も月や星も例外なく『宇宙の精力』の下に生きているのです。人間だけは、そのことに逆らおうとしたり、いつまでも若くいたいと願ったりします。それは人間を、進歩のレールに載せることもできるのですが、科学がどんなに進化しようと『宇宙の精力』を消すことはできません。「鳥」は木の枝で、死ぬまでの時間を囀り、大空を旋回して海を渡ります。「星」は何億光年も変わらず無数の運河のように瞬いています。「月」は宇宙の見張り番のように、目を細めたり見開いたりしているかのように、柔らかな光を投げかけてくれています。このような宇宙に厳然とある約束事に気づけば、死はもはや怖いことでも、恐れるものでもないのです。『栗山さん』は、生きている今の時間、自分の肺がまだ空気を吸っていられる時間を大切にして、残された命を愛おしく生きているのだと感じていたのでしょう。死はもはや『栗山さん』にとって、宇宙に帰ること。だから、「どうか心配しないで、悲しまないで、私は大丈夫…」そんなことを、影絵を通して『ご主人』に伝えたかったのかもしれないと思いました。影絵の物語を想像しながら、片方で、『尾崎』こと『宮本 輝』と言う作家が、まだこの世で遣り残した「使命」があること。それを自らがお感じになられていること。それ故に、生き抜く為の『宇宙の精力』を、穴の空いた両肺に吸い込み、眠れるだけ眠り、好き嫌いを言わず食べ、とうとう病いをねじ伏せられたのだろうと思いました。

今日は、雨で柔らかくなった、人が通らぬようなあぜ道で、土筆を沢山積んでみたいような気持ちがしました。ハカマを外して、甘辛く煮付けて、お茶を飲みながらゆっくりと食べたいと思うような午後でした。またお便り致します。ご自愛くださいますように。どうか、ごきげんよう

 

                                                                          清 月    蓮